詳しい解説
- アニメーションを用いて構成された映像作品全般。
- 日本で独自発展した、セルアニメーション(セルアニメ)の表現様式。これは主にアニメーションをアニメと略すことがない[* 1]日本国外で使われており、日本では国内外の違いが意識されることはあまりない[1][2][* 2]。
本項では、主に日本で製作された商業用セルアニメーションについて解説する。
目次 |
概要
各種メディアで提供されるサブカルチャーの1つ。「文化芸術振興基本法」ではメディア芸術、関連法律の「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」ではコンテンツの1つに定義されており、どちらの法律でもアニメと略されてはおらずアニメーションと正式表記されている。
1話30分のテレビ視聴用の連続作品(詳細はテレビアニメの標準フォーマットを参照)が主流で、劇場鑑賞用の長編作品やDVDなどでのオリジナル作品の比率は低い。題材は幅広く、多種多様なものが使用されている。
流通形態は以下の通り。
- テレビアニメ
- アニメーション映画
- 映画館等での上映用に制作される作品。劇場用アニメーション映画、アニメ映画、劇場版アニメ等と呼ばれる。
- OVA(オリジナルビデオアニメーション)
- Webアニメ
- インターネット配信用に制作される作品。国外では「Original Net Animation」(ONA)と呼ばれる。
作品に関しては
「アニメ作品一覧」を参照
語の成立と普及
1963年:テレビマンガ・漫画映画
- 最初の商業用テレビアニメ番組の『鉄腕アトム』で使用される。当時、アニメーションは映像業界の専門用語で、アニメーション映画は「漫画映画」と呼ばれている。
1965年:専門用語のアニメ
- 雑誌「小型映画」、映像制作者向けの専門雑誌。1965年6月号までは主にアニメーションという語を使用しており、アニメという語を使用する場合はアニメーションという語とセットで用いられていた。7月号でアニメという語がアニメーションの略であるという断りなしで初めて使用された。この頃から映像業界内でアニメが一般的になり始めたとみられる。
1968年:アニメート
- 絵本シリーズ『名作アニメート絵話』、偕成社。アニメーションを略したものではなく、animationの動詞形のanimateを日本語読みにしたもの。一般向けにアニメを含む語をタイトルに用いた最初期の例である。
1969年:アニメラマ
1975年:一般的なアニメ及びアニメーション
- 絵本シリーズ『テレビ名作アニメ劇場』、ポプラ社。タイトル名にアニメを使用した最初の書籍とみられる。
- 同年には日本アニメーションが設立され、同社制作の番組内では、毎週、社名の一部としてアニメーションという語が表示されるようになった。
1978年:アニメの普及
- 「アニメージュ」が創刊され、その後数年で誌名にアニメを含む雑誌が相次いで創刊され、急速に普及。1980年頃を境にして、テレビまんが等の表記は衰退した。しかし、2008年においてもアニメソングのコンピレーション・アルバムのタイトルなどで「テレビまんが」が1960、1970年代くらいの時代のテレビアニメを指す語として使用される事例もある。
世界的普及
anime
日本語の「アニメ」はアニメーションの略だが、英語のanimationの m の後は a であるため、略しても anime にはならない。また、anime と綴った場合でも英語的な発音では「エイニム」あるいは「アニーム」のようになるが、現実には「アニメ」と発音している。animation(英)→アニメーション(日)→アニメ(日)→anime(英)と変化した珍しい例である。ただしフランス語に animer(動く)の過去分詞形の animé(アニメ、動いた、動かれた)があるため[* 3]フランス語由来説が存在する。
北米において、animeは日本製または日本的な表現様式を持つアニメーションに対して用いられ、animationとの使い分けが行われている。世界的にも日本製アニメを示す名詞として広まりつつあり、辞書に掲載されている例もある。
- アメリカ合衆国での語の普及
- 1972年、ビデオデッキが発売されると、1976年2月にはファンサブ活動が始まり、1977年には専門のサークルが活動を開始した。既に日本製ロボットアニメーションを指す語としてanimeという語が用いられていたが、愛好家たちの隠語か専門用語のようなもので、一般には広まらなかった[3]。1991年、The Society for the Promotion of Japanese Animation (略称SPJA)が発足し、翌1992年から毎年「Anime Expo」を開催されると、OTAKU(おたく)が増加するなど[4]、animeは急速に普及していった[5]。
- フランスでの語の普及
- 日本製アニメーションはfr:anime(アニメ)と呼ばれる。英語から輸出される形で移入される。アニメーション(動画)はfr:dessin animé(デサンナニメ、動く画) と呼ばれる。Пиздеш и провокацияю
Japanimation(ジャパニメーション)
主に1970-1990年代に北米で使用された。音節的に japan-animation から Japanimation に略されただけの日本製アニメーションという意味の語である。Jap(日本人の蔑称)のanimationとも読めるため、日本人や文化に対する差別と偏見やアニメーション自体への偏見から、日本製アニメーションを指して「くだらないもの」あるいは「子供の教育上良くないもの」の意味を含めてこの語が使用されていたとする説もある。当時日本から北米へ輸出されたアニメは、文化・習慣・表現規制の問題から、日本的・性的・暴力的なシーンをカットしたり、長期に渡り連続する物語を1話完結に編集、別々の作品をつぎはぎしてひとつの作品に仕立てるなど、制作者の意向とは掛け離れた独自改変が少なからず行なわれていた。この頃の独自改変が施された作品のみを、ジャパニメーションと呼ぶ例もある[6]。2000年代以降は、Japanimationが使用されることは少なくなっているが、使用例もある[7]。
日本では、講談社が『AKIRA』『攻殻機動隊』が国外で人気作品であるという意味合いで「ジャパニメーション」を戦略的に使用している。また、日本のマスコミ等では、「日本国外で視聴されている日本のアニメーション」という意味で、日本文化を誇る場合に使用していることもある。
制作工程
作品の制作過程は、大きく分けると3つの工程に別れている。
- プリプロダクション
- 企画書をもとに、スタッフ編成と制作のフローを確定し、脚本・設定・絵コンテなど制作に必要な各種設定など行なう作業。
- プロダクション
- 原画、動画、仕上げ等のアニメーションの作成作業。
- ポストプロダクション
- アフレコ・BGM・効果音を加える音作業やVTR編集などの作業。
さらに詳細な工程を経て制作される。制作会社、作品に投入される各部門のスタッフ数、技術の進歩などにより役職名や工程の違いもあるが、企画から完成までの基本的な工程は以下の通りである。[* 4]
- 企画
- スタッフ編成とワークフローの確定
- 脚本(シナリオ・本読み)
- 設定
- 脚本・原作・企画書を元にして、作品の主要な登場人物キャラクターデザインや舞台背景を設定する美術設定(美術監督)・メカデザイン(メカニカル設定)とクレジットされることが多い。
- 絵コンテ
- 原画(原図・作画・レイアウトシステム)
- 原画マン(原画家、原画担当者、レイアウトマン)と呼ばれる職制が担当する。絵コンテを元に完成画面を想定し背景の構図とキャラクターのレイアウト(画面構成)を作成する。
- 演出(プロデューサー)は、レイアウトが絵コンテの内容、演出意図との差異を確認、修正指示を入れ作画監督に渡す。
- 作画監督は動きやキャラクターデザインを修正し、画面の統一を図る。作監修正と呼ばれる作業。
- 動画
- 動画マンと呼ばれる職制が担当する。ラフに描かれた原画の清書作業を行ない、原画の間の絵を描きおこし全ての動きを完成させる作業。中割りとも呼ばれる。
- 動画検査と呼ばれる職制が動画をチェックし、修正を指示する。
- 原画と動画についてはアニメーターも参照。
- 仕上げ(色トレス、彩色)
- 背景
- 美術監督は、背景設定となる美術ボードを制作する。原画で指定された背景設定に合わせて、背景スタッフが背景を作成する作業。
- 撮影
- 撮影監督が作業を監督し、仕上げと背景を組み合わせ撮影[* 6]し、透過光、マルチプレーン・カメラ、多重露光等のエフェクト処理を加える。
- 楽曲作成
- 様々な場面に合わせた楽曲BGMを作成する作業。
- 音作業:音響監督は、声優のキャスティングと演技指導、ダビングなどの音響演出を担当する。監督や演出(プロデューサー)等が参加する場合が多い。
- VTR編集
- オープニング、エンディング、CM前後のアイキャッチを組み合わせてテレビで流す形式にする作業。
制作工程のデジタル化
1990年代に始まり、1997〜1999年にかけて全面的に移行した。
詳細は「デジタルアニメ」を参照
省力化・コストダウン
- 仕上げ工程:デジタルペイントは訂正が容易で、塗料の乾燥を待つ必要が無く、傷・ホコリなどのセル画の管理の手間も省ける。また画像データとしてネットワークに載せることが可能となり、日本国外などの遠隔地との物流コストや時間が節約が可能となった。
映像表現
- デジタル化により、塗料による使用色数の制限が無くなり、精密なグラデーション表現が可能となった。撮影時にセルの重ね合わせによる明るさの減少が無く、カメラワークの自由度が広がる。エアブラシによる特殊効果や透過光などが特殊処理が簡単に施せる等の利点がある。
- ビデオ出力される為、フィルムとビデオでは映像の質感が異なり、フィルムは柔らかい質感、ビデオはクリアな映像が特徴があり、クリアで明るすぎる発色に違和感もあったが改善されてセルアニメを凌ぐ美しさを持つ作品もみられる。
製作会社
当初は、製作会社が制作工程の全てを担ったがその後、分業化が進み、プリプロダクションの企画・製作会社と、プロダクションの作画・動画スタジオ、美術スタジオ等と、ポストプロダクションの撮影会社、音源制作など制作工程別に作業を請け負う専門スタジオと分業化されている。
また、グロス請けと呼ばれる、1話単位で制作作業を一括受注し制作業務全般を行う制作会社もある。
制作会社と人物の
詳細は「アニメ制作会社」を参照
詳細は「アニメ製作関係者一覧」を参照
音楽
作品にはアニメソング、略して「アニソン」と呼ばれる、アニメソング歌手による主題歌・挿入歌・イメージソングが制作され、劇中BGMと共にサウンドトラック(サントラ)盤として販売される。また、作品世界に沿ったドラマCDやイメージアルバムなどを制作する例も多い。
作品テロップでは、オープニング、エンディングのみ、両方でクレジットされる。「音楽制作」「音楽制作/協力」でレコード会社名の場合とレーベル名が表記される場合に分かれている。テレビアニメで、オープニング・エンディングアニメには、スタッフ紹介テロップと別に歌詞字幕が基本的に挿入されることが多いが、年々減少している。1960年代と2000年代作品は歌詞字幕が無い作品の方が多い。
キングレコード、ポニーキャニオン、ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパンなどの大手レコード会社は、映像制作と音源(主題歌やサウンドトラックなど)制作を自前で一括で行っているが、音源制作は他社と分担する作品も増えている。スターチャイルド(キングレコード)、アニプレックス(ソニー・ミュージックエンタテインメント)、flying DOG(JVCエンタテインメント)、avex entertainment(エイベックス)など専門レーベルを設けて音源制作を行なっている。
- 制作会社一覧
- キングレコード
- JVCエンタテインメント
- flying DOG(旧・ビクターエンターテインメントのアニメ関連事業部)
- ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパン(旧パイオニアLDC)
- ポニーキャニオン
- Sony Musicグループ
- エイベックス
- avex entertainment(旧avex mode)
- マーベラスエンターテイメント
- コロムビアミュージックエンタテインメント
- ランティス
- ビーイング
- 音楽の作曲家
「アニメ音楽の作曲家一覧」を参照
パッケージ販売
流通における大きな変革として、1983年、テレビ放送や劇場公開ではなく、OVA作品『ダロス』が登場した。家庭用ビデオデッキの普及により、ビデオソフトの販売とレンタルビデオ店から支払われる使用料により、製作費の回収が可能になった結果、登場したビジネスモデルである。玩具メーカーなどのスポンサーの意向によらず作品制作ができるため、比較的表現の自由度が増す。当初は、60分から90分程度で、1巻完結の作品として制作されたが、後にテレビ局に放送権の販売のため、主題歌込みで24分程度を1エピソードとした数本単位で制作されたものが主流になる。購買層の大多数は特定のファン層(おたく)であり作品の内容は偏っているが、購買層が特定されているため商品化、販売の面において容易である利点がある。
詳細は「OVA」を参照
OVAの流れを受け、放送権料の安い、深夜・早朝枠やケーブルテレビ、独立UHF放送局、衛星放送で、特定のファン層をターゲットにしたテレビ作品が増加した。視聴率は低いため、スポンサー料だけでは制作費の回収はできないが、確実に一定数量のビデオ、DVD及び関連商品が売れるため、製作費は関連商品で回収される。DVDなど関連商品の宣伝に、テレビ放送を利用しているとも言える。
テレビアニメ、アニメ映画、インターネットの普及によって登場したWebアニメなど、ほとんがパッケージ化されている。ビデオデッキが一般家庭に普遍的な物になる以前の作品もパッケージ化が進んでいる。
公式サイト
インターネットの普及と共に、ほとんどのアニメ作品は公式サイトを設置し宣伝をする形態をとっている。内容は全体的な概要、予告編やPVなどの宣伝素材の無料配信、関連商品のPRなど。携帯電話用コンテンツを提供している場合もある。
制作TV局や、制作会社のウェブサイトの一部としての場合が多かったが、最近では作品毎に独自のドメイン名を取得し、制作会社が管理する独立サイトとして設置するケースも多くなっている。ブロードバンド環境の普及により、作品自体の配信を行なっている場合もある。
国の政策
- 文化芸術振興基本法
2001年12月7日施行。「映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術」をメディア芸術と定義し、振興を図るための施策を行なうようになった。
- コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律(コンテンツ法)
2004年5月、アニメーションや漫画など、コンテンツ産業の保護・育成に官民一体で取り組むための法律が成立した。
メディア芸術の創造と発展を図ることを目的に、文化庁とCG-ARTS協会が主催の祭典。1997年以降、毎年実施されている[8]。
見本市
東京都と日本動画協会等のアニメーション事業者団体で構成される「東京国際アニメフェア実行委員会」が主催の国内アニメ業界最大の見本市。2002年から、毎年3月末頃に東京ビッグサイトで開催されている。アニメ作品や関係者を表彰する「東京アニメアワード」の表彰式が行われている。
1960年にカンヌ国際映画祭からアニメーション部門を独立した、国際アニメーション映画協会(ASIFA・en:International Animated Film Association)公認のアニメーションを専門に扱う国際映画祭。その他にオタワ国際アニメーションフェスティバル、ザグレブ国際アニメーション映画祭、広島国際アニメーションフェスティバルを含めて、世界4大アニメーションフェスティバルと称されている。
併設で世界最大規模のアニメーション見本市、MIFA(Marché international du film d'animation)が行なわれている。映画祭開催期間中の3日間で、世界約60ヶ国のアニメ関係者が参加している。
歴史
戦後の日本では、他の国のアニメーションとは異なる方向に発展を遂げた。日本初の商業用連続テレビアニメ(週一アニメ)番組『鉄腕アトム』の放送開始。
詳細は「アニメの歴史」を参照
特徴
『鉄腕アトム』の制作を指揮した手塚治虫は、技術的、制作費用の面で実現困難と言われていた、連続テレビアニメを独自のスタイルで実現した。その制作手法やビジネスモデルは、その後の日本スタイルのアニメーション制作の基本形となり、引き継がれている。
制作手法と表現においては、制作費用がかかるフル・アニメーションによらずに作品を成立させるための工夫や技術を数多く考案した。
商業面においては、スポンサーの提示により、通常のテレビ番組並ではあるがアニメ制作のためには低い制作費で番組制作を請け負い、回収できない部分は、本業の漫画の原稿料・再放送・日本国外への輸出・マーチャンダイジングと呼ばれるアニメ作品のキャラクターなどの絵のついた製品の製造権を玩具・文具・菓子メーカーに販売する版権ビジネスによって制作費を回収している。『鉄腕アトム』が、日本のアニメ文化を牽引したのは間違いないが、後々に至るまで制作費が安く抑えられる状況を作り出した原因か否かで議論になっており[9]、宮崎駿もこのことを批判している[* 7]。
著名な監督の作家性が強く反映されるアニメーション映画に多額の予算を組み、大人数のスタッフを投入した、クオリティの高い作品が制作され、国際的な評価を得る一方で、低予算で制作されるテレビアニメもあるという点は現在でも変わっていない。
物語的側面
アメリカのテレビ放送等では、レイティングなど規制が厳しく子供向けのギャグなどの解り易い作品に対し、日本では『鉄腕アトム』頃から漫画文化と密接な関係を持ち、複雑で多様な物語である場合が多く、[10]世界的なTV多チャンネル化のソフト不足で、安さで世界各地に広がるが表現規制が緩いとされ「セックスと暴力」と評価をされる場合も多いが、同時に物語の多様性とその表現を重視した作品制作は輸出先においても再評価されている。
技術的側面
リミテッド・アニメーションが主流で、ウォルト・ディズニー・カンパニー等のアニメーション作品に見られるフル・アニメーションは、少数派である。映画等と同様に24コマ/秒で撮影されるが、動画は、同一画で3コマ×8/秒の撮影となる。静止場面では、同一画で24コマ/秒の撮影となる。テレビ放送用の作品は演出により、1話ごとにセル画の使用量が決められている。
部分アニメ:「口パク」とも呼ばれる。同一人物の口、目、手、足などを部分別のセル画にして、撮影する手法で多用される。最近では口だけではなく、あごなども動かすようになっている。製作の手間を省くだけでなく、静止との対比で動きが鮮明になる。
バンクシステム:動画を繰り返して使用する技法。連続作品あらすじの説明、ロボットアニメの合体、魔法少女等の変身、主人公などの台詞シーンで使用される。背景画を差し替え、全く別の場面として使用することもある。
止め絵:競技場の観客席やパーティ会場や街中の雑踏など、人が多く賑やかな状態を演出するために使われる。静止画が使われる場合も多い。出崎統がよく使用する。
動線、集中線、漫符:漫画の技法が多様される。
カメラワーク:セル画を、上下左右に背景の上でスクロール(パン)させる技法や、「引き絵」と呼ばれる、カメラのズームによる演出(実際は、固定カメラの下で絵の方を引っ張る)。作画枚数の節約になり、演出意図を明確にする技術である。
商業的側面
ウォルト・ディズニー・カンパニーの販売戦略を真似たとも言われるが、それとは別の道を歩むことになった。キャラクターの商品化権利販売で、制作資金回収を行うという独自のシステムが形成される。
『鉄腕アトム』の成功を受け、1960年代から数多くのアニメーション制作スタジオが設立され、制作される作品は増加した。
輸出
日本での商業用アニメーションのテレビ放送と同時に、制作費を短期間で回収するため、安価で多くの国へ輸出する販売戦略がとられた。
世界的な多チャンネル化でソフト不足の中、日本アニメは安さで世界各地に広がった[11]。現在では、北米、南米、ヨーロッパ、南アジア、東アジア、ロシア、オーストラリアなど全世界に及ぶ。
日本貿易振興機構は、地域、国別にコンテンツ調査しており、その中にアニメに関する統計や傾向などのレポートがある[12]。
日本国内で流通を前提に制作されていたものを輸出するため、輸出先の国内法や文化的事情で内容に大きな改変が行われる場合が多い。また、スタッフ名等は書き換えられ、視聴者が日本製であることを知らない場合もある。
輸出の歴史
最初から国際市場を意識して、アニメ製作を始めたのは大川博が設立し「東洋のディズニー」を目指した東映動画であり、同社の長編第1作『白蛇伝』をはじめ数々の初期長編作品は1961年よりアメリカへ輸出が開始された[13]。
1963年、日本で最初に輸出されたテレビアニメ『鉄腕アトム』は、日本の放送開始から8か月後に、アメリカのNBC系列のNBCエンタープライゼスによって、全米ネットワークでなく番組販売される形で放送された[14]。続く『ジャングル大帝』は初めからアメリカ市場を意識して人種差別等を考慮して制作された[15]。
1970年代前半からテレビアニメの輸出が一般的になる。まず香港と台湾向けに始まり[16]、北東アジア圏、東南アジア圏にて放送された。
ヨーロッパへの輸出は1970年代後半から始まり、最初はイタリアに、次いでフランスへ、1980年代にかけて大量に輸出されることになった。その背景には、同時期のヨーロッパのテレビの多チャンネル化による需要と、日本のアニメが廉価であることと本数の多さがあった[17][18]。東映動画が制作したテレビアニメのうち全体の3分の2はヨーロッパ向けで、特にフランスとイタリア向けが多かった[19]。アメリカ、アジア圏同様、内容が改変されることもあった。
1980年代になると、中華人民共和国で日本のアニメが放送されるようになった[20]。東南アジア圏では性的な表現を除き、日本文化的な表現も受容されつつあり、再評価されている。好まれるアニメは日本と大して変わらず、また『ドラえもん』は教育的であるとさえ言われた。
現在、香港、タイ、台湾などではほぼ1週間程度の差で日本で放送されているアニメ作品が放送されている。
総務省調べによる2005年のテレビアニメの輸出額は26億円から28億円で、日本国内のテレビ放映権の売上は412億円の15分の1の規模である[21]。輸出金額では過半数を北米向けが占めるとも言われる。
日本国外の評価
日本のアニメは「セックスと暴力」と認識されることが多い[22][23]。フランスでは1989年に日本アニメがバッシングされて残酷だとされた『キン肉マン』が放送中止になり、バイオレンス性の強い『北斗の拳』も同じく放送中止になった。『聖闘士星矢』は暴力シーンがカットされたが、それでも大ヒットした[24]。ニュージーランドでは『ぷにぷに☆ぽえみぃ』は、登場するキャラクターの容姿が幼児に見え、幼児性愛好者を増長させているとされ、政府機関により発禁指定を受けた事例もあるが、フランスの美術評論家エルベ・シャンデスは、アニメを中心とする日本のおたく文化を「21世紀のジャポニスム」と評し、欧米の文化に大きな影響を与えていると主張し擁護した。また、クールジャパンと呼ばれ、日本のポップカルチャーとして全世界的に受け入れられている。[25]
1983年にフランスのジャック・ラング文化相は日本のアニメを文化侵略だと公言し、フランスのアニメ製作者へ助成金を出すことになった[26]。中国政府は、アニメをサブカルチャーと侮って放置していたが、2006年になって17時から20時まで外国アニメの放送を禁止した。中国でのアニメシェアの8割を超える事実上の日本アニメの締め出しであり、同時に日本アニメはダンピングによる文化侵略であるとして、自国のアニメ産業の保護と育成に乗り出した[27]。
文化の違いとして、日本の生活風景が出るもの(『ドラえもん』など)や、特定の国を扱ったもの(『ベルサイユのばら』など)は、受け入れられるかどうかは国によって大きく異なる。『ドラえもん』は、アジアで好評価を得るが、ヒーロー的な男性を尊ぶ北米では受け入れられず放送されていない。『超電磁マシーンボルテスV』のように、特定の国だけで日本以上に爆発的な人気を呼ぶ作品もある。
批評・研究
1917年の「活動之世界」9月号掲載の幸内純一の作品批評が、日本における初のアニメーションに関する批評とされる。以後、アニメーションの批評は「キネマ旬報」「映画評論」などが主要な発表の媒体となり、新作の批評という形で行われてきた。1950年代に東映動画が設立され、年に1作のペースで長編作品が定期的に制作されるようになると、「朝日新聞」などの映画欄でも扱われるようになった[28]。
1977年には山口且訓と渡辺泰の共著による『日本アニメーション映画史』が刊行される。日本アニメーション史の基本文献として参考資料として挙げられることが多い。海外アニメーションやアートアニメーションの評論については、1966年に『アニメーション入門』を著した森卓也やおかだえみこ等が活動していた[29]。『日本アニメーション映画史』『アニメーション入門』のいずれも『映画評論』誌の連載をまとめた単行本であった。
1970年代末にアニメブームが到来し、アニメ雑誌が多数創刊される。同人誌活動していたアニメファン出身のライターの力を借りて誌面を構成していた[30]。氷川竜介、小黒祐一郎、原口正宏、霜月たかなか、中島紳介らは学生アルバイトに始まり、2000年以降も活動している[31]。「アニメージュ」はクリエイターの作品歴を系統的に紹介することに力を入れ[32]、「アニメック」と「月刊OUT」においては、評論記事と読者投稿による作品評論が一つの売り物になっていた[33][34]。
批評と研究を中心とした専門誌には、1998年創刊の「動画王」、1999年創刊の「アニメ批評」、2000年創刊の「アニメスタイル」などがあったが短命に終わり、「アニメスタイル」はインターネットに活動の場を移した。
「月刊ニュータイプ」が登場した1980年代半ば以降、アニメ雑誌はクリエイターや作品研究などの記事から、キャラクターやグラビアを重視した作りに軸足を移していき、アニメ評論を積極的に掲載するアニメ雑誌は基本的に存在しなくなっている[35]。その一方、宮崎駿や押井守の活躍、『新世紀エヴァンゲリオン』がビジネスとして話題になるようになった1990年代から、人気作品や人気クリエイターを中心にした研究本は、継続的に発行されるようになった[36]。
1998年10月、日本で初めてのアニメの学術的研究を趣旨とする学会「日本アニメーション学会」が設立された[37]。
周辺文化
漫画
アニメはテレビまんが等と、呼称された時代もあり、漫画とアニメは混同されたり同一視されていた。漫画の人気作品が原作のアニメ作品は多い。
詳細は「アニメ化」を参照
おたく文化
1970年代後期:アニメファン
- テレビアニメは子供ものであり、アニメを好んで見る青年層がいることは知られていなかった。1977年8月、映画版『宇宙戦艦ヤマト』公開日に徹夜で並ぶファンの特異な行動をきっかけに、新聞等が話題として取り上げ、青年層に、アニメを好んで見る趣味者がいることが一般にも知られ始めた。多くは中学生・高校生であった。『宇宙戦艦ヤマト』公開の翌年にアニメ雑誌が創刊され、雑誌の文通コーナーなどを通じて連絡が可能になると、多数のファンクラブが誕生した。
- 特にアニメを嗜好する者を「アニメオタク」、省略して「アニヲタ」と呼ばれている。
- ファンブックを自作するという趣味を持つ者の自費出版が始まり、アニメとの繋がりの深い「マンガ」や、他の様々なオタク文化を巻き込み成長するが、コミックマーケット(コミケ)などの同人誌即売会や、専門書店等の委託販売で商品化が進んでいる(詳細は、同人誌#漫画・アニメ系同人誌を取り巻く状況と問題点を参照)。
- 同人誌で見られるイラストの代表的な手法として、輪郭や境界線をはっきり線で描き、色や影のグラデーションを単純化させ段階的に表現するアニメ絵(萌え絵)がある。また萌え擬人化と呼ばれる動植物・無生物・概念等を人間の姿に置き換えて萌えと結びつける擬人化キャラクターで名前には「〜たん」がつくことが多い。主に同人誌で見られた手法だが商業ベースの作品も発表されている。
- アニメなどの登場人物のキャラクターに扮する行為。コスチューム・プレイを語源とする和製英語で、行う人をコスプレイヤー (Cosplayer) と呼ぶ。日本SF大会の仮装パーティーや同人誌即売会等で行われていたが、単独イベントも開催され、自主制作のコスプレ写真集がコミックマーケットや、同人誌専門店で販売されている。
- アテレコを担当するのみでなく、歌手としても活動する一部の声優には熱心なファンが存在する。また作品のタイアップ企画として、声優ユニットが組まれることもある。アニメオタク全体から見れば少数派である。ファンを対象にした大規模なライブも度々開かれ、イベントやCDなどが数多く企画され、ファンは有料イベントに必ず参加する。特にCD、DVDを必ず購買するという行動は、現在のアニメを支えている。
- キャラクターソング、キャラソン等と呼ばれ、登場人物の名(役名の歌手も参照)で発売される場合もある。
- 聖地巡礼(詳細は巡礼 (通俗)を参照)
- 詳細な現地ロケによる映像演出と世界観を設定する作品の登場と共に小説、映画、TVドラマ等の舞台を巡るロケ地巡り、舞台探訪などと同様の行為が始まった。異なる点としてキャラクターのコスプレで現地を訪れるファンの存在がある。
- ロケ地(「聖地」)を特定したファンがその場所を訪問(巡礼)し、現地の写真と劇中の場面(コスプレの場合、劇中の登場人物と同じポーズ)と比較する形でインターネットのファンサイト等で公開、また同人誌形式のガイドブックが制作され同人誌即売会で頒布される等の形で広まった。
- 実写映画のロケ地とは違い、映像作品として使用された認識の無い一般住宅や学校等が含まれる事も多く、日常生活に不安が発生する可能性は否定出来ないため、発行元が聖地巡礼の自粛のお願いをした例もあるが[38]作品に付随し発生するため、広告費が不要で観光需要が上がるため観光振興の一助としての期待も大きく、アニメ、漫画のロケ地の誘致活動に力をいれる自治体もある。
- 痛車(いたしゃ)
- 別名「萌車」とも呼ばれる。萌えアニメ、漫画、ゲーム(アダルトゲーム・ギャルゲー)のキャラクターや関連する製作会社・ブランド名のロゴのステッカーを貼り付けや塗装を行った自動車。バイクは「痛単車(いたんしゃ)」、自転車は「痛チャリ(いたチャリ)」と呼ばれる。2008年、青島文化教材社がプラモデルの発売と商標登録に出願、同年6月27日に登録された。ファンが自車に趣味的に行なうもので、メーカーによる販促活動、宣伝用のラッピング車両は含まない。痛車オーナーの増加に伴いコミュニティも形成された。
- MADムービー(アニメMAD)
- 「MAD」とも呼ばれる。既製のアニメ作品を編集・合成し、再構成した二次創作映像。
- 1970年代末頃にはカセットテープ編集の音声MAD、その後ビデオテープ編集によるMADビデオが、同人誌と同様の経路で流布されていたが、パソコンの性能向上により動画、画像、音声処理が容易になり、またインターネット環境の向上によりYouTube・ニコニコ動画へのアップロードやFTPやP2Pファイル共有ソフトに移行し広まった。
脚注
注釈
出典
参考文献
書籍
- 山口康男 『日本のアニメ全史』 テンブックス、2004年。ISBN 978-4886960115。
- 大野茂 『サンデーとマガジン』 光文社新書、2009年。ISBN 978-4334035037。
外部リンク
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