詳しい解説
| 24時間テレビ 「愛は地球を救う」 24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH" | |
|---|---|
メイン会場の日本武道館 | |
| ジャンル | チャリティー番組 / 特別番組 |
| 放送時間 | 毎年8月第4 / 第5土曜日18:30 - 翌日曜日20:54(26時間24分) |
| 放送期間 | 1978年8月26日 - 放送中(32回) |
| 放送国 | |
| 制作局 | 日本テレビ放送網 |
| 製作総指揮 | 桜田和之(制作指揮) |
| 演出 | 古立善之(総合演出) |
| 監修 | 五味一男 |
| プロデューサー | 伊藤修、安彦真利江 / 遠藤正累 / 田中宏史、松本京子(総合P) 松岡至(CP) |
| 出演者 | 徳光和夫 ほか 各年の総合司会、パーソナリティーは各年の放送概要を参照 |
| 音声 | 通常:ステレオ放送 スペシャルドラマ放送時:解説放送 ニュース放送時:モノラル放送 |
| 字幕 | 文字多重放送 (スペシャルドラマ放送時) リアルタイム字幕放送 (ニュース、本編(一部)放送時) |
| データ放送 | 番組連動データ放送 |
| オープニング | 大野雄二「LOVE SAVES THE EARTH」(1978年 - 1991年) |
| エンディング | 谷村新司・加山雄三「サライ」 (番組テーマソング、1992年 - ) |
| 外部リンク | 公式サイト |
| 24時間テレビチャリティーリポート | |
|---|---|
| ジャンル | チャリティー番組 / ミニ番組 |
| 放送時間 | 毎週日曜5:25 - 5:30 →毎週日曜5:40 - 5:45(5分) |
| 放送期間 | 1978年9月9日 - 現在(1400回以上) |
| 放送国 | |
| 制作局 | 日本テレビ放送網 |
| 出演者 | (ナレーター) |
| 字幕 | 文字多重放送 |
| 外部リンク | 公式サイト |
『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(にじゅうよじかんテレビ あいはちきゅうをすくう)とは、日本テレビ系列(NNN・NNS)と沖縄テレビ(フジテレビ系列)にて、1978年から毎年8月(1991年のみ7月)下旬の土曜日から日曜日にかけて生放送で実施されているチャリティー番組である。通称『24時間テレビ』、『24HTV』。英語表記は「24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH"」(トゥエンティーフォー・アワー・テレビジョン ラブ・セーブス・ジ・アース)。
正式番組タイトルは『24時間テレビ○○ 「愛は地球を救う」』となる(○○には放送回が入る)[1]。
目次 |
概要
1978年、「愛は地球を救う」をキャッチフレーズとする各地のチャリティーキャンペーン活動を行う番組として誕生した。年末などを除き、通常の放送を休止し特番を終夜放送する事は、当時としては画期的な企画であり、福祉をテーマにしたことから実現可能であった。
番組のイメージカラーは黄色、番組のシンボルマークは赤・黄・緑の地球と軌道上を周回する月をデザインした物である。このシンボルマークは後述する番組オリジナルTシャツと同様に第15回(1992年)で番組をリニューアル以降、近年は放送でも使用される事が少なくなっている。
視聴者から寄せられた善意の浄財を、国内・外の福祉活動に役立てる事を目的とした番組であり、「本当の主役はあなたです」を謳い文句にしている。この文句は2000年代初頭までエンディングでクレジットされていたが、走り終えて疲労困憊のマラソンランナーが映っている所にクレジットされた事もあり、ランナーに対する侮辱と取られかねないため、現在は各回のテーマに則したメッセージがクレジットされている。
番組内容は、年間テーマに対する出演者の願いを語るコーナー・障害者によるチャレンジ・難病や戦災に立ち向かう人々の願いを伝えるコーナーが中心となっている。番組中では出演者が応援ソングを歌う場面があり、使用される楽曲は毎年30曲前後にも上る。
『鳥人間コンテスト選手権大会』(読売テレビ制作)・『全国高等学校クイズ選手権』と共に「日本テレビ系の夏の風物詩」となっており、その中でも最大規模で開催・放送されている。
毎年8月下旬の土曜日夜から翌日曜日夜まで生放送されている(夏休み最終週の土・日曜日に放送される年が多くなっている)。「24時間」テレビと銘打っているが、最近は土曜日18:30 - 日曜日20:54と実質上「約26時間半」の放送であり、24時間よりも2時間半程長い。
しかし、一部地域ではフジテレビ系列やテレビ朝日系列とのクロスネットの都合などで一部時間帯に別番組が放送されるため、短縮放送扱いとなっている(詳細は24時間テレビのクロスネット各局と各局別の編成を参照)。
現在、番組はハイビジョン制作・ステレオ放送で地上デジタル放送では番組連動データ放送も行われている。ただし、一部企画VTRや系列局の中継(エンディングの全国リレーなど)によっては4:3SDとなっている(その際両サイドにはオレンジの帯が付けられていたが、第30回(2007年)からは青の帯に変更した)。また、第31回(2008年8月31日の17 - 20時台のみ)と第32回(2009年8月30日の11:27頃〈一部のネット局は12:27から〉 - 20:57頃)は本編でもリアルタイム字幕放送を実施した。
一部の年を除き、日本武道館がメイン会場として使用されている。その他、日産グローバル本社ギャラリー(2008年までは銀座、2009年以降は横浜)や日本テレビ系列局独自の主催募金会場では、チャリティーオークションなどのイベントが行われている。ほとんどは日本テレビからの内容が放送されるが、時折、系列各局独自の内容も放送され、これを“ローカル差し替え”と呼んでいる。これは主に告知枠1 - 2分程度の場合が多いが、30 - 60分と長時間になる事もある(後述)。
また、差し替えた時間帯に本来放送されていた企画やコーナーが見られない事への意見・苦情に配慮して、差し替えローカル局のみで後日、そのコーナーのみ深夜帯で放送をした事例もある。さらに、エンディングの『サライ』のネットリレー(各局概ね8秒ずつ)で少しでも長く自局を露出させるため、地方局での放送において他地域の局の部分でも余分に自局映像に差し替えるという手法が、一部地方局で行われている。なお地方局での『サライ』の合唱は地上デジタル放送開始後、その放送に合わせて行っている局が多くなっているが、1 - 2秒のタイムラグがあるため、放送に乗る時は東京メイン会場と地方局の歌声・動作が同調していない。この問題を解消するには、アナログ放送(24時間テレビでは2010年が最後)の音声に合わせるか、テレビ局本社にメイン会場を設ける局では地デジ放送を経由しないNTT中継回線からの映像音声に合わせて合唱を行う事例があるが、一部の系列局では合唱せずに、各局出演者やボランティアたちがカメラに向かって手を振るなどの対応をとる場合がある。
メインパーソナリティーは、以前は若手女性タレントやSPEED、モーニング娘。などの女性グループが起用されていたが、第26回(2003年)以降はジャニーズ事務所所属のグループで固定されている。
かつては「チャリティーパレード」と称した出演者などによる番組のパレードが、主に日曜日午後にメイン会場周辺で放送中に行われていたが、道路占有による使用許可申請やパレードに伴う渋滞の発生など様々な問題により、後に行われなくなった。
募金活動
全国の民間放送局の主催で募金を集める企画のため、NNN各局から成る「24時間テレビチャリティー委員会」を組織している。この委員会は、全国31の民間放送局から寄せられた募金の管理および適切な配分・行使を行っている。
委員会や参加局は、社会福祉法第73条及び同施行規則14条・15条[2]に基づき、厚生労働大臣の許可を得て募金活動・慈善活動・資金配分などを行っている。この様な法的な規制や公正な募金活動の実施のため、募金スタッフの責任者は法令に基づいた「寄附金募集従事証」を所持している。
募金は、番組放送中の街頭募金や、ネット局であるNNN各局の放送局での放送局のロビー、イベント会場に設けた募金受付のほか、協賛している企業(百貨店やコンビニエンスストアなど多岐に渡る)で黄色の専用募金箱を設置した店頭募金(貯金箱や紙製の募金箱での募金も可能)、その他一部の金融機関でも振込みによる募金を受け付けている。協賛企業での募金活動は、大まかに放送の前月辺りから放送終了後の9月初旬までの期間に行われるが、金融機関での24時間テレビ専用口座での振込募金は年間を通じて行う事が可能となっている。募金が可能な金融機関は、放送及び番組の公式ウェブサイトなどで案内される。2009年夏、携帯電話のウェブコンテンツを利用した「ケータイチャリティー」が運用を開始した。しかし放送開始以来、募金活動を悪用した詐欺行為が度々発生しており、番組では告知スポットの都度詐欺行為に対する注意喚起、啓発を行っている(エピソードの項を参照)。
日本テレビ系列局が存在しない沖縄県では、フジテレビ系列の沖縄テレビが放送しているため、FNS協定に反するという理由で一時期募金を行っていなかった。現在は一部をFNSチャリティ(日本ユニセフ協会と協力)に上納するという条件付きで募金を行っている。しかし、その事で現在は他局のイベントでも募金活動が行われている(コラボレーション参照)。
オリジナルTシャツ(チャリTシャツ)
番組オリジナルのTシャツ(通称:チャリTシャツ)は、基本的に黄色をベースにしている。これは、映画『幸福の黄色いハンカチ』からとったものである。黄色は第27回(2004年)以前は山吹色だったが、第28回(2005年)以降はレモン色に変わっている。
第28回(2005年)以降は黄色以外の色のTシャツも製作されている。第28回(2005年)は白・黒・赤・青、第29回(2006年)は緑、第30回(2007年)は赤、第31回(2008年)は水色とピンク、第32回(2009年)はピンクとグレーが製作された。番組開始からしばらくの間は、青い地球をイメージした赤・黄・緑の番組シンボルマークをデザインしたものを使っていたが、近年は芸能人(メインパーソナリティの場合が多い)・著名デザイナーのデザインによるものが多くなっており[3]、番組のシンボルマークはほぼ使われなくなっている。
- 基本的に、番組出演者とスタッフは必ずオリジナルTシャツを着用しており、ニュースコーナーでのアナウンサー、また『日テレNEWS24』(CSとBS日テレで放送)に出演するアナウンサーもTシャツを着用している。スタッフの多くは番組開始以来使われてきたスタッフ専用の山吹色のTシャツを着用する。
- 放送される週から、日本テレビ系情報番組の一部出演者(主にコーナー担当者)がオリジナルTシャツを着てPRしている。金曜になると『Oha!4 NEWS LIVE』や『ズームイン!!SUPER』などの出演者(新聞解説者やニュース担当キャスターを除く)も着用する。当日は『ズームイン!!サタデー』(気象予報士を除く)や『news every.サタデー』(前身の『NNNニュースプラス1・サタデー』、『NNN Newsリアルタイム・サタデー』も含む)のキャスターがTシャツを着用しているが、『ウェークアップ!ぷらす』(前身の『ウェークアップ!』を含む、読売テレビ制作)と『NNNストレイトニュース』(前身の『NNNニュースダッシュ』を含む)では原則着用されていない。
- オリジナルTシャツはチャリティーグッズとして市販もされている。2004年まではイトーヨーカドーの一部店舗で販売されていたが、協賛企業がセブン&アイホールディングスからイオンへ変わった2005年以降は、ジャスコ・マックスバリュ・マイカル・ポスフール・カルフールなど同グループの店舗で販売されている。
- 2004年、さまぁ〜ずはフジテレビ系列の『FNS27時間テレビ』内『笑わず嫌い王決定戦』で当Tシャツを持ち込んでコントを行った。
- 第30回(2007年)のドラマ『演歌の女王』では、ネプチューンの原田泰造演ずる田丸ヒトシが1994年度のTシャツを着用している。
ギャラリー
日本武道館 | 日本青年館 | 東京都庁 | |
東京ビッグサイト |
参加・募金窓口局
現在の参加局
現在の番組参加局は日本テレビ系列(NNN・NNS[4])30局と沖縄テレビ(フジテレビ系)の計31局で、各局が共同主催で実施している。
| 対象地域 | 放送局 | 備考 | 系列 |
|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | 日本テレビ(NTV) | 基幹制作局 | 日本テレビ系列 |
| 北海道 | 札幌テレビ(STV) | 北海道地区幹事局 | |
| 青森県 | 青森放送(RAB) | ||
| 岩手県 | テレビ岩手(TVI) | ||
| 宮城県 | ミヤギテレビ(MMT) | 東北地区幹事局 | |
| 秋田県 | 秋田放送(ABS) | ||
| 山形県 | 山形放送(YBC) | ||
| 福島県 | 福島中央テレビ(FCT) | ||
| 山梨県 | 山梨放送(YBS) | ||
| 新潟県 | テレビ新潟(TeNY) | 第4回(1981年)から参加 | |
| 長野県 | テレビ信州(TSB) | 第4回(1981年)から参加 | |
| 静岡県 | 静岡第一テレビ(SDT)[5] | 第2回(1979年)から参加 | |
| 中京広域圏 | 中京テレビ(CTV) | 中部地区幹事局 | |
| 富山県 | 北日本放送(KNB) | ||
| 石川県 | テレビ金沢(KTK) | 第13回(1990年)から参加 | |
| 福井県 | 福井放送(FBC) | 日本テレビ系列/テレビ朝日系列 | |
| 近畿広域圏 | 読売テレビ(ytv) | 関西地区幹事局 | 日本テレビ系列 |
| 鳥取県・島根県 | 日本海テレビ(NKT) | ||
| 広島県 | 広島テレビ(HTV) | 中国・四国地区幹事局 | |
| 山口県 | 山口放送(KRY) | ||
| 徳島県 | 四国放送(JRT) | ||
| 香川県・岡山県 | 西日本放送(RNC) | ||
| 愛媛県 | 南海放送(RNB) | ||
| 高知県 | 高知放送(RKC) | ||
| 福岡県・佐賀県 | 福岡放送(FBS)[6] | 九州地区幹事局 | |
| 長崎県 | 長崎国際テレビ(NIB) | 第14回(1991年)から参加 | |
| 熊本県 | くまもと県民テレビ(KKT)[6] | 第5回(1982年)から参加 | |
| 大分県 | テレビ大分(TOS) | フジテレビ系列/日本テレビ系列 | |
| 宮崎県 | テレビ宮崎(UMK) | フジテレビ系列/日本テレビ系列/テレビ朝日系列 | |
| 鹿児島県 | 鹿児島読売テレビ(KYT) | 第17回(1994年)から参加 | 日本テレビ系列 |
| 沖縄県 | 沖縄テレビ(OTV) | FNSチャリティーを兼務 | フジテレビ系列 |
過去の参加局
- 新潟県 - 新潟総合テレビ(第1回 - 第3回)
- 静岡県 - 静岡県民放送(けんみんテレビ、現・静岡朝日テレビ、第1回)
- 長崎県 - 長崎放送(第1回 - 第4回・第6回)、テレビ長崎(第1回 - 第13回)
- 熊本県 - テレビ熊本(第2回 - 第4回)
- 鹿児島県 - 鹿児島テレビ(第1回 - 第16回)
歴史
深夜のワイドショー番組『11PM』のスタッフだった都築忠彦が、アメリカのラスベガスで毎年開催しているチャリティーテレソン『W:Jerry Lewis MDA Telethon』を見て、日本でもやれると考え企画。当時制作局長だった井原高忠を口説き落として実現した[7]。『11PM』の「世界の福祉特集」から誕生したものでもある。
- 1978年 - 「日本テレビ開局25周年記念特別番組」としてスタート。第1回目は文字通りの24時間特番(8月26日〈土曜日〉20:00 - 27日〈日曜日〉20:00)であったが、その後当初は土曜日19時にスタートし、日曜日19:30までの24時間半に渡って放送された。一部年度はプロ野球巨人戦中継のため、変則になった年もある。
- 1979年 - テレビ熊本で熊本県での放送を開始。静岡県での放送が静岡県民放送(けんみんテレビ、現・静岡朝日テレビ)から静岡第一テレビに移行。
- 1981年 - 前年開局したテレビ信州で長野県での放送を開始。新潟県での放送が新潟総合テレビからテレビ新潟に移行。
- 1982年 - 熊本県での放送がテレビ熊本からくまもと県民テレビに移行。
- 1984年 - 前年まで長崎放送とテレビ長崎での相互放送であった長崎県での放送がテレビ長崎に一本化。
- 1990年 - テレビ金沢の開局により、最後の未対象地域であった石川県での放送を開始。
- 1991年 - 日本武道館の改修工事と、1991年世界陸上競技選手権大会(国立霞ヶ丘陸上競技場)の独占放送などの事情から、放送が7月末に繰り上がると共に、東京都庁舎前をメイン会場に場所を移して放送される。メイン会場として屋外の会場が使われたのはこれが唯一。しかし、その以前の数年間に渡って番組内容のマンネリ化が進み、募金額や視聴率が低迷した責任を取らされる形で、番組開始以来携わってきた都築忠彦が、同年をもって番組から降板させられる。なお、同年の関東地区での平均視聴率は6.6%(ビデオリサーチ調べ)という過去最低を記録している。また、番組開始以来多数の音楽を提供し、音楽監督の立場で参加してきた大野雄二も、同時にこの年を最後に番組から離脱している。またこの年、長崎県での放送がテレビ長崎から長崎国際テレビに移行。
- 1992年 - マンネリ化が進行していた番組の「テコ入れ」を図るために以下のリニューアルを行い、番組のエンターテインメント化を図った。
- これまで各コーナー毎に放送時間をはっきりと区切っていたが、『24時間テレビ』全体を一つの番組として作られる様になった。
- これまで一部のコーナーが対象となったステレオ放送が、ニュースパートを除く全コーナーに拡大。
- チャリティーマラソンがスタート。
- 以後の番組の統一テーマが、チャリティー色の強いものからシンプルな物に改められた。
- テーマソングとして『サライ』が誕生、同時にそれまで番組の音楽を手掛け、音楽監督として参加していた大野雄二が番組を離脱したため、大野が作曲し番組内で使用されていた従来の番組テーマソングが全て姿を消した。
- これ以降はチャリティー色は大幅に薄らぎ、歌やコーナー企画を中心としたエンターテインメント色が強まった内容で放送されている。
- 番組終了時刻を20:00に変更(日曜日のナイター編成時は19:30まで、その後日曜夜7時枠のネット枠の終了時間が19:56〈1996年10月 - 1998年9月〉から19:58〈1998年10月 - 現在〉に変更されている)。
- 1994年 - 鹿児島県での放送が鹿児島テレビから鹿児島讀賣テレビに移行。現在の放送ネット局が確立。
- 2001年 - 番組開始時刻がニュース終了後の18:30に固定される。
- 2002年 - 番組終了時刻を20:54に変更し、アテネオリンピックが開催された2004年を除き土曜18:30 - 日曜20:54(2004年は土曜19:30 - 日曜21:24の予定だったが、オリンピックの野球中継の延長やチャリティーマラソンの遅れから、最終的に土曜19:45 - 日曜21:34という、中途半端なタイミングとなった)の約26時間半になった。
- 2004年 - 2月29日にスタジオ本社機能が汐留に移転した事に伴い、テロップがリニューアル。
- 2005年 - IYグループ(現:セブン&アイグループ)が協賛から撤退し、新たにイオングループが参入。
- 2006年 - ハイビジョン制作開始。曲テロップがリニューアル。
- 2007年 - 新テーマソング『勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜』が誕生(このテーマソングは2007年のみ使用され、2008年以降は使用されていない)。
- 2008年 - 「日本テレビ開局55周年記念番組」として放送された。この年は北京オリンピックが開催された関係で例年より1週間遅く、8月30日・31日(第3回(1980年)と共に今までで最も遅い放送日)に開催された。
- 2009年 - 日本武道館に代わり、東京ビッグサイトがメイン会場として使用された。当時、衆議院の解散による衆議院議員総選挙が実施されることが見込まれ、スタッフが手薄になることを懸念し、投票日と重ならないように日程調整が行われたことが会場変更の要因である。ところが実際には、放送2日目が第45回衆議院議員総選挙投票日に設定されたため、結果としては投票日と同日の放送となってしまった(国政選挙と同日の放送となるのは初めて)。例年よりも放送時間を6分拡大し21:00までの放送となったが、「NNN衆院選出口調査結果速報」を伝えるため、20時前から数分程度番組が中断された。その後は番組と並行して開票速報をテロップで報じ、徳光がコメントを加えていた。なお、徳光は近年テレビ東京系の選挙特別番組の総合司会を務めていたが、本番組に出演していたため『ニッポン戦略会議〜あすへの提言〜』には出演しなかった。マラソンゴールは番組内で叶わなかったため、選挙特番『ZERO×選挙2009』内で21時55分頃にゴールの模様を録画放送した[8][9]。
エピソード
- 勝俣州和がフジテレビの番組内で語ったところによると、萩本欽一は第1回の総合司会を引き受ける際に、ギャラの交渉の際に日本テレビ側がこれ以上出せないという最高額を引き出させた。萩本は「分かりました。引き受けましょう。その代わり受け取ったギャラは全額募金します。」と言い放ったという。萩本は、チャリティー番組で出演者に出演料を出すのであれば、まず主催する放送局側が募金を出すべきとの考えであったという。
- 第1回のフィナーレで、総合司会の大橋はカメラに向かって「確かに人々の好意でこれだけの金額が集まりました。しかしテレビの前の政治家の皆さん、(当時の政権与党である)自民党の皆さん、これは本来あなた達がやらなければいけなかったのですよ!」と政治家の福祉政策を批判した。
- 『24時間テレビ』を、フジテレビが1987年に放送開始した『1億人のテレビ夢列島』(FNSの日)と混同してしまう視聴者が多数存在した。そのため第1回の『1億人のテレビ夢列島』が放送された際、当時東京都新宿区河田町に存在したフジテレビ旧社屋に募金を手にした視聴者が多数訪れてしまうという一幕があった。事前に番組の告知ポスター等でチャリティー番組ではない事を告知していたが、このため放送中に「チャリティー番組ではないので募金を持って来ないでください」と視聴者に対して再三伝えている一幕があった(「1億人のテレビ夢列島」を参照)。
- ZARDの坂井泉水は生前『負けないで』が「チャリティーマラソン」の応援歌として大合唱される模様をテレビで観覧しており、「24時間テレビで毎年流して頂いて、それを見る度に嬉しく、自分の歌のようでそうでないような気持ちになります」とコメントしている。
- 2001年の第24回放送では、徳光和夫が同年6月に急性心筋梗塞の手術を受けたため、深夜から翌昼までの時間帯は立教大学の後輩であるみのもんたが総合司会を代行した。
- 『サライ』の歌詞を視聴者から募集した際、募集した歌詞の一部を元に作詞するという事を告知したが、一曲分の歌詞を丸々送ってくる視聴者も多数いたため、放送中に「歌詞の一部で構いません」と再三視聴者に訴えるという事があった。
- 2004年に、仙台市内のチャリティー会場に来ていた臨月の妊婦が中継中に陣痛を起こし、病院に搬送される事件があった。その後、女性は無事に出産した。女性は出産から1年経った2005年にも来場し、女性が「この子がこの会場で陣痛が起きた時の子なんです」というと、この件を覚えていたミヤギテレビのチャリティーパーソナリティの内山信二(同局制作の『月刊 元気一番"生"テレビ』でレポーターを務めている縁で、現在まで継続して出演中)は「24時間テレビ君と名付けたんですか?」とボケて見せた。その後も、内山と女性の家庭との間に交流があるという。
- 2005年には、平均視聴率(ビデオリサーチ調べ)が関東地区で19.0%、関西地区で16.6%を記録。2008年現在、これが関東地区・関西地区共に番組最高視聴率である。
- これまでに日本テレビの開局記念日(8月28日)か開局記念日明け(8月29日・30日・31日)で放送した例は、1980年・1988年・1992年・2005年・2008年・2009年の6回ある。 (2010年も予定されるため7回となる見込み)
- 番組放送時に「日本武道館に爆弾を仕掛けた」という脅迫電話が掛かって来たため、厳戒態勢が敷かれたまま放送された事がある。捜査の結果、結局武道館内に爆発物は発見されず、悪質な悪戯である事が判明した。
- 各ネット局では、それぞれ街頭募金及びテレビ局の局舎で募金活動などのチャリティーイベントを開催するが、1999年に静岡第一テレビがCM未放送問題を起こし、NNSや民放連から除名処分を受ける事態となったため、街頭募金の規模が大幅に縮小された他、静岡第一テレビ局舎前のイベントも自粛したため一切開催されず、ローカル枠差し替えの生放送による同局の企画も実施されなかった。テレビでの募金告知も生中継を一切行わず、事前に収録したテロップのみの告知となった。詳細はCM未放送問題を参照。
- 番組の募金活動の主旨を悪用した詐欺行為が、放送開始以来度々発生している。番組では行っていない訪問による募金活動などが、それらの手段として利用される。このため、日本テレビ以下NNN/NNS各局では、募金の告知スポット放映時に訪問募金を行っていない事を強調して、詐欺行為に騙されない様注意を呼び掛けている。
- 2009年は、世界的経済不況の煽りによる経費節減に加え、衆院選投票日と同日だったために開票特番への人員も割かれたこともあって、特に系列局では規模を大幅に縮小し、読売テレビではこれまでのメイン会場だったツイン21から読売テレビ本社へ変更された。また西日本放送のように、開票特番の準備で逆に本社が使えず、別会場に移動(岡山側のみ)したところも出てきた。ローカル差し替え枠も同様に減らされて、日テレ同時ネットになった局も多かった。
- 2009年は、出演したNEWSの山下智久と錦戸亮、オードリーの2人の合わせて4人が相次いでA型インフルエンザに感染した。山下と錦戸は、所属のジャニーズ事務所によると、新型インフルエンザではないという[10]。オードリーの2人は、遺伝子検査を行っていないため確認されてはいないが、新型インフルエンザの疑いもあった。錦戸亮は出演中にすでに発熱などの症状があったが、そのときの簡易検査の結果が陰性だったため、出演を続けていた。この4人は多くの一般来場者や出演者などと接触しているため、当番組を発端とした大規模な感染拡大が起こる恐れがあるとして、日本テレビは3日、当日出演していたタレント約40人の大半に注意を喚起した[11]。後に錦戸は、同年9月4日にTBS『オルトロスの犬』で、山下は同年9月5日にフジテレビ『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』でそれぞれ復帰した。
各年の放送概要
視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区のもの。
| 回数 | 放送日 | メインテーマ | 総合司会 | メイン パーソナリティー | 番組・チャリティー パーソナリティー サポーター など | メイン会場 | 募金総額 | 平均 視聴率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1978年8月26・27日 | 寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を! | 萩本欽一 大竹しのぶ 竹下景子 大橋巨泉 | ピンクレディー | 郵便貯金ホール | 1,190,118,399円 | 15.6% | |
| 2 | 1979年8月25・26日 | 萩本欽一 黒柳徹子 国弘正雄 | 徳光和夫 ピンクレディー | 日本青年館 | 727,657,482円 | 11.5% | ||
| 3 | 1980年8月30・31日 | カンボジア・ベトナム・ラオスの難民のために! | 萩本欽一 徳光和夫 | 石野真子 | 日本武道館 | 982,293,333円 | 10.8% | |
| 4 | 1981年8月22・23日 | アジア・アフリカの障害者のために! 国際障害者年記念 | 徳光和夫 見城美枝子 | 萩本欽一 宮崎美子 | 885,191,232円 | 11.3% | ||
| 5 | 1982年8月21・22日 | ストップ!ニッポン姥捨て時代! | 徳光和夫 | 萩本欽一 星野知子 岩崎宏美 | 605,736,459円 | 8.2% | ||
| 6 | 1983年8月20・21日 | 君の地球のボランティア! アフリカ飢餓緊急援助! 世界コミュニケーション記念 | 萩本欽一 斉藤慶子 斎藤ゆう子 | 1,036,578,114円 | 10.5% | |||
| 7 | 1984年8月18・19日 | この地球の未来は子どもたちのもの! | 徳光和夫 沢田亜矢子 | 萩本欽一 | 805,085,881円 | 8.0% | ||
| 8 | 1985年8月24・25日 | アフリカ飢餓救援 | 徳光和夫 アグネス・チャン | 小泉今日子 | 1,013,429,697円 | 10.7% | ||
| 9 | 1986年8月23・24日 | 寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を! そしてアジア・アフリカの飢えた子どもたちのために! | 沢口靖子 | 749,355,128円 | 8.9% | |||
| 10 | 1987年8月22・23日 | SAVE THE CHILDREN | 菊池桃子 | 885,465,365円 | 7.7% | |||
| 11 | 1988年8月27・28日 | 君は地球のボランティア お年寄りに在宅福祉を、障害者に社会参加を! | 徳光和夫 アグネス・チャン 久和ひとみ 小牧ユカ | 後藤久美子 | 787,437,001円 | 7.8% | ||
| 12 | 1989年8月26・27日 | アジア・アフリカの子どもたちに海外援助を! | 徳光和夫 アグネス・チャン 和田アキ子 渡辺徹 | 南野陽子 | 662,211,879円 | 11.6% | ||
| 13 | 1990年8月25・26日 | 地球を救え!10年計画 | 徳光和夫 アグネス・チャン 山田邦子 渡辺徹 | 宮沢りえ 南野陽子 | 806,551,220円 | 8.5% | ||
| 14 | 1991年7月27・28日 | 雲仙・普賢岳災害救援! 寝たきりのお年寄りにお風呂カーを! 障害者に社会参加を! アジア・アフリカに海外援助を! | 徳光和夫 福留功男 渡辺徹 森口博子 | 宮沢りえ 西田ひかる 畠田理恵 | 東京都庁 | 883,192,270円 | 6.6% | |
| 15 | 1992年8月29・30日 | 愛の歌声は地球を救う | 徳光和夫 楠田枝里子 | ダウンタウン | 観月ありさ | 日本武道館 | 957,702,743円 | 17.2% |
| 16 | 1993年8月21・22日 | 出会い | 松村邦洋 松本明子 | 赤井英和 裕木奈江 | 853,389,423円 | 15.9% | ||
| 17 | 1994年8月20・21日 | チャレンジ! | 中山秀征 酒井法子 | 牧瀬里穂 | 788,460,358円 | 14.7% | ||
| 18 | 1995年8月26・27日 | もう一度、チャレンジ | SMAP 久本雅美 | 鈴木杏樹 | 1,056,798,341円 | 16.9% | ||
| 19 | 1996年8月24・25日 | ONE LOVE 〜つなげよう! ひとつの愛〜 | 徳光和夫 永井美奈子 | 間寛平 江角マキコ | 瀬戸朝香 | 909,012,004円 | 14.1% | |
| 20 | 1997年8月23・24日 | 勇気を出して | KinKi Kids 加藤紀子 | 飯島直子 | 960,303,779円 | 15.5% | ||
| 21 | 1998年8月22・23日 | いま、始めよう | 徳光和夫 笛吹雅子 | TOKIO | 広末涼子 | 908,938,502円 | 12.0% | |
| 22 | 1999年8月21・22日 | 伝えたい…夢のちから! | SPEED | KONISHIKI 爆笑問題 | 877,487,670円 | 13.9% | ||
| 23 | 2000年8月19・20日 | がんばる…君のために! | V6 | RIKACO 藤井隆 ナインティナイン モーニング娘。 | 768,442,030円 | 14.7% | ||
| 24 | 2001年8月18・19日 | 家族って何? | 徳光和夫 松本志のぶ | モーニング娘。 | 今田耕司 えなりかずき | 846,047,659円 | 15.7% | |
| 25 | 2002年8月17・18日 | 家族で笑ってますか…? | 雨上がり決死隊 石塚英彦(ホンジャマカ) えなりかずき ケイン・コスギ | 765,705,996円 | 15.4% | |||
| 26 | 2003年8月23・24日 | あなたを一番愛する人… | TOKIO | 柴田理恵 石塚英彦 舞の海 オセロ | 776,638,125円 | 15.6% | ||
| 27 | 2004年8月21・22日 | あなたの夢はみんなの夢 | 嵐 | 東山紀之 オセロ 曙太郎 石塚英彦 | 719,045,124円 | 11.7% | ||
| 28 | 2005年8月27・28日 | 生きる | 徳光和夫 西尾由佳理 | 草彅剛 香取慎吾 (SMAP) | キャイ〜ン ガレッジセール アンガールズ 磯野貴理子 小池栄子 菊川怜 青木さやか | 1,000,346,999円 | 19.0% | |
| 29 | 2006年8月26・27日 | 絆 〜今、私たちにできること〜 | KAT-TUN | 篠原涼子 久本雅美 くりぃむしちゅー 柴田理恵 次長課長 綾小路きみまろ 小池栄子 | 940,682,462円 | 17.7% | ||
| 30 | 2007年8月18・19日 | 人生が変わる瞬間(とき) | タッキー&翼 | 黒木瞳 新庄剛志 タカアンドトシ | 1,015,442,574円 | 18.6% | ||
| 31 | 2008年8月30・31日 | 誓い 〜一番大切な約束〜 | 嵐 | 仲間由紀恵 久本雅美 チュートリアル | 1,083,666,922円 | 18.6% | ||
| 32 | 2009年8月29・30日 | START! 〜一歩を踏みだそう〜 | NEWS | 菅野美穂 ネプチューン ベッキー | 東京ビッグサイト | 951,081,316円 | 16.8% | |
| 33 | 2010年8月28・29日 | ありがとう 〜今、あの人に伝えたい〜 | TOKIO | 日本武道館 |
近年の主なコーナー
チャリティーマラソン
第15回(1992年)の番組リニューアルより実施されている。走行距離は走者の体力などを考慮して決定されているが、基本的には100キロメートル程度走る事が多い。マラソンは、距離的にも気候的にも極めて酷な条件下で行われており、伴走者や休憩所の設営などサポート体制には万全を期している。マラソントレーナーとして坂本雄次が基礎の体力づくりから本番までランナーをサポートする。
初めて実施された同年は、出発地やルートを公開したため人が殺到し、交通の妨げになるとして途中棄権の形をとった。その後、出発地やルートを原則非公開化した。2006年以降は、同局のインターネットテレビ「第2日本テレビ」で独自映像を1時間に1回程度の頻度で配信している。また、日本テレビの傘下であるアール・エフ・ラジオ日本でも、2005年からマラソンの中継リポートを随時放送している。
放送時間内にゴールできなかった場合は、番組の放送時間の延長、もしくは放送終了後に特別番組を放送する事で対処している。第19回(1996年)はタスキリレーのゴールが遅れていたため、放送終了が若干延長され(20:00の予定が20:30頃となった)、第28回(2005年)と第30回(2007年)は『行列のできる法律相談所』を内容変更の上、日本武道館から生放送された。逆に特に故障なく予定より速いペースで走っている場合は休憩時間を延長したり、走れる状態でも歩くなどして、放送終了30分前以降にゴールできる様に時間調整されている。
このマラソンでは、応援歌としてZARDの「負けないで」がゴールが近い日曜日の20時台後半に全出演者で大合唱される。坂井泉水が亡くなった2007年の放送では彼女の追悼コーナーも設けられた。
ゴールはメイン会場(一部の年を除き、日本武道館)である。
マラソンランナーの決定に関しては、萩本欽一のように前年中に決まっている事もあれば、エド・はるみやイモトアヤコのように本番2ヶ月前に決まる事もあるため、本番へ向けてのトレーニング期間も大きく異なる。
マラソンランナー発表に関しては、近年はその年の主たるスタッフが担当している番組(2005年・2007年『行列のできる法律相談所』、2008年『ズームイン!!SUPER』、2009年『世界の果てまでイッテQ!』)またはランナーが出演している同局でのレギュラー番組(2005年『行列のできる法律相談所』、2009年『世界の果てまでイッテQ!』、2010年『魔女たちの22時』)内で生放送されている。
事件
- 1995年は、同年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で、兵庫県宝塚市の自宅を失った間寛平が被災地の復興を願うため、神戸市内から日本武道館までの約600kmを1週間かけて走破した。寛平曰く「被災者のみんなに勇気を与えたかった」とのこと。寛平は、放送日前日までは昼間は体力を奪われるため、基本的に夜間のみ走っていた。
- 2003年の放送時、走者の山田花子が日本武道館の付近に差し掛かったところで番組終了の時間が迫っていたが、日本テレビはこれに対し急遽、次番組終了後22時から10分間ゴールする部分だけを放送するという極めて異例の措置を取っている。このため、22時以降の通常番組はオンエアが10分ずつ繰り下がった。
- 2006年は当初南海キャンディーズの山崎静代がランナーに内定していたが、発表直前に膝を痛めドクターストップがかかり、急遽アンガールスに変更となった。
- 同じく2006年には、8月27日の16時20分頃に、走者のアンガールズにエールを送る目的で軽く触れた沿道の老人女性に、日本テレビのスタッフが大声で「触らないで!」と恫喝する様に注意している映像が全国に生中継された。これに関して同局は「『触らないで』と注意したが、とっさの出来事でもあり、配慮に欠けたところもあった。当該スタッフに注意をしました」と一部事実を認めて謝罪した。また、深夜枠に出演していたインパルスの板倉俊之がアンガールズに対して「姿慎めよ」などと馬鹿にする発言をしているところが放送された(本来CMに入るところを、誤ってそのままスタジオ映像を流してしまったため起きた)。またこの年、深夜枠の進行役担当していたくりぃむしちゅーの他、ランナーのアンガールズも裏番組であるフジテレビ『カワズ君の検索生活』に出演していたため、同時間のマラソンの中継はされなかった。
- 2009年には、走者のイモトアヤコが残り1kmというところで放送が終了してしまった。2003年、2005年、2007年には、後番組の内容を変更して生中継を行ったが、この年は選挙特番『ZERO×選挙2009』があり、ゴールの映像は生中継されなかった。ゴールの瞬間が生中継がされなかったのは史上初であり、選挙特番中の22時前に録画で約3分間流された(録画放送中、読売テレビは、『ZERO×選挙2009』のローカル枠放送中だったため、ゴールの場面は同時放送されなかったが、その後時差で放映された)。この処置について賛否両論があったが[12]、日本テレビは「『24時間テレビ』と『選挙特番』という大型の2つの生放送が連続する、過去に例のない番組編成の中、なるべく早くイモトさんのゴールを伝えることを念頭に置きつつ、まずは、日本中が注目していた選挙を迅速かつ正確に伝えることを優先致しました。(中略)今回の経験をもとに、今後も引き続き視聴者の皆さまのニーズにお応えする放送を行うように心掛けます。」とのコメントを発表している[13]。
歴代走者
| 年 | 走者 | 当時の年齢 | 走行距離 |
|---|---|---|---|
| 1992年 | 間寛平 | 43歳 | 200km(※1) |
| 1993年 | 44歳 | 200km | |
| 1994年 | ダチョウ倶楽部 | 肥後克広31歳 上島竜兵33歳 寺門ジモン31歳 | 100km |
| 1995年 | 間寛平 | 46歳 | 600km(※2) |
| 1996年 | 赤井英和 | 36歳 | 100km(※3) |
| 1997年 | 山口達也(TOKIO) | 25歳 | 100km |
| 1998年 | 森田剛(V6) | 19歳(※4-1) | |
| 1999年 | にしきのあきら(現・錦野旦) | 50歳 | 110km |
| 2000年 | トミーズ雅(トミーズ) | 40歳 | 150km |
| 2001年 | 研ナオコ | 48歳 | 85km |
| 2002年 | 西村知美 | 31歳 | 100km |
| 2003年 | 山田花子 | 28歳 | 110km |
| 2004年 | 杉田かおる | 39歳 | 100km |
| 2005年 | 丸山和也 | 59歳 | |
| 2006年 | アンガールズ | 田中卓志30歳 山根良顕30歳 | |
| 2007年 | 萩本欽一 | 66歳(※4-2) | 70km |
| 2008年 | エド・はるみ | 44歳 | 113km |
| 2009年 | イモトアヤコ | 23歳(※5-1) | 126.585km(※5-2) |
| 2010年 | はるな愛(※6) | 38歳 |
- (※1)先述のトラブルにより153kmでリタイア。
- (※2)神戸から東京まで1週間かけて走破。この年は阪神・淡路大震災があったため。
- (※3)マラソンで唯一のタスキリレーであった。北ルートと南ルートが合流して最後に赤井が走った。
- (※4-1&※4-2)2010年現在で24時間チャリティーマラソンランナーの最年少と最年長記録。
- (※5-1&※5-2)女性走者での最長距離&最年少。距離はフルマラソン3本分。なおゴールが東京ビッグサイトであるため、例年とはコースの最終部が異なる。
- (※6)初のニューハーフランナー。
スペシャルドラマ
第3回(1980年)より開始され(ただし第15回〈1992年〉 - 第19回〈1996年〉・第22回〈1999年〉・第23回〈2000年〉は除く)、原則として土曜夜9時過ぎから11時過ぎに約2時間放送されている。回にもよるが、ドラマのCM明けにマラソンの状況を伝える場合もある。第24回(2001年)以降はその年のメインパーソナリティー(グループならそのうちの1人)をドラマの主演に据えている場合が多い。第28回(2005年)以降は、常時20%を超える高視聴率を記録している。それに関わらず、DVD化や関東地方での再放送は行っていなかったが、2006年分の『ユウキ』から2009年分の『にぃにのことを忘れないで』まで4年分のドラマがDVD化される事になり、2009年10月28日に発売された。DVDの売り上げの一部がチャリティーとなる。
番組内でこのコーナーのみ解説放送も行われている[14]。また、全作品とも闘病記などノンフィクションを基にしている。あらすじなどの詳細は各項目を参照。
※沖縄テレビは土曜ドラマ枠で放送。スポンサー提供は隠して放送する。
- 第3回(1980年) - 機の音
- 第4回(1981年) - いのち・ひとつ
- 第5回(1982年) - スリーマンにアタック!
- 第6回(1983年) - 黒い雨・姪の結婚(主演:森繁久彌)
- 第7回(1984年) - さよならは涙を拭いてから
- 第8回(1985年) - いつかある日
- 第9回(1986年) - 縁談・結婚・そのさきX(主演:沢口靖子・大江千里)
- 第10回(1987年) - 長らえしとき(主演:松坂慶子) 車椅子の花嫁(主演:国生さゆり)
- 第11回(1988年) - 二十歳・もっと生きたい
- 第12回(1989年) - 叫んでも……聞こえない!(主演:斉藤由貴)
- 第13回(1990年) - いつか見た青い空! 盲導犬ハッピー号の大冒険(主演:南野陽子・和久井映見)
- 第14回(1991年) - 夜が明けるまでに 恵子の選択
- 第20回(1997年) - 勇気ということ(主演:堂本光一)
- 第21回(1998年) - 心の扉 (テレビドラマ)(主演:滝沢秀明)
- 第24回(2001年) - 最後の夏休み(主演:安倍なつみ)
- 第25回(2002年) - 父さんの夏祭り(主演:渡辺謙・石川梨華)
- 第26回(2003年) - ふたり 私たちが選んだ道
- 第27回(2004年) - 父の海、僕の空
- 第28回(2005年) - 小さな運転士 最後の夢(主演:阿部寛)
- 第29回(2006年) - ユウキ(主演:亀梨和也)
- 第30回(2007年) - 君がくれた夏 〜がんばれば、幸せになれるよ〜(主演:滝沢秀明)
- 第31回(2008年) - みゅうの足〔あんよ〕パパにあげる(主演:松本潤)
- 第32回(2009年) - にぃにのことを忘れないで(主演:錦戸亮)
- 第33回(2010年) - みぽりんのえくぼ(主演:長瀬智也)
深夜枠
第2回(1979年)の放送では、東京・浅草にあった国際劇場で夜通しの音楽ライブが行われた。また第5回(1982年)の放送では、赤塚不二夫とタモリによる「SM鞭打ち合戦」が行われた。しかし、内容が番組の趣旨と矛盾していると視聴者から苦情が殺到。そのフィルム映像が封印処分とされた。また担当プロデューサーも以降は当番組に関わらなくなった(同様に、1990年代に入ってから、土屋敏男・菅賢治の両プロデューサーも低俗な内容を作ったとして、以降の制作から外されたことがある)。
深夜の時間帯はメイン会場が使用できないため、日本テレビの汐留S1スタジオ(第28回(2005年)までは麹町スタジオ)からの生放送となっている(前述のスペシャルドラマ終了後、CMなしで放送開始)。なお進行役は久本雅美、オセロ、ロンドンブーツ1号2号、爆笑問題、中川翔子らが歴任し2008年はくりぃむしちゅーとスザンヌが務めた。2009年は前年から続投のくりぃむしちゅーにネプチューン、チュートリアルが担当。
1992年から2004年までは2部制で、前半には出演者がテーマに沿った歌を歌うと言った企画(『THE夜もヒッパレ』の生放送版)を、後半にはバラエティ企画を放送していた。また、1996年のみ「ナイナイのニュース決定戦」と「スポーツ超人選手権」の2コーナーを平行していた。近年はスタジオ出演者を含む芸能人のデビュー当時などの秘蔵映像をランキング形式で流す内容(2007年11月には『モクスペ』枠において、爆笑問題と中川翔子が司会でスピンオフ番組『勝手に秋祭り!芸能人の恥ずかし映像100連発』が生放送された)が主流となっている。また、2005年以降はかつて同局の人気番組の一つだった『スーパーJOCKEY』で行われていた人気企画「熱湯コマーシャル」の復活放送も実施されている。2009年は『しゃべくり007』をベースに行われたが、裏番組であるテレビ東京『アリケン』放送中は有田哲平、堀内健は退席していた。
深夜1時頃に、通常より約1時間遅れで『Going!Sports&News』(2009年までは『SUPERうるぐす』)の特別版を生放送しており、その年のメインパーソナリティーと深夜枠の進行者がゲスト出演する。当初は『うるぐす』のスタジオからの放送だったが、現在では深夜枠のS1スタジオに『うるぐす』→『Going!』のキャスター陣が出張する形で放送されている。
2005年と2007年の進行役を務めた爆笑問題が司会を務める、日曜午前中にTBSで生放送の情報番組『サンデージャポン』では、同番組出演者・スタッフがチャリTシャツを真似たものを着用するのがお約束となっている(こちらは番組時間が1時間半であるため、「1.5時間テレビ」として生放送している)。また、田中裕二と太田光はこの番組で同深夜コーナー内での裏話を披露していた。
スポーツ世界記録工場
土曜日の夜から日曜日の昼頃まで、特設会場でスポーツ世界記録工場を随時開催している。当然、上の深夜枠でも随時放送されている。
アニメ
初回から第13回(1990年)(第10回〈1987年〉と第11回〈1988年〉の2年間は除く)にかけて、日曜朝10時頃から正午にかけて約2時間のスペシャルテレビアニメが放送された。多くの作品が手塚治虫原作である。
- 第1回(1978年) - 100万年地球の旅 バンダーブック(原作:手塚治虫、制作:手塚プロダクション)
- 第2回(1979年) - 海底超特急マリンエクスプレス(同上)
- 第3回(1980年) - フウムーン(同上)
- 第4回(1981年) - ブレーメン4 地獄の中の天使たち(同上)
- 第5回(1982年) - アンドロメダ・ストーリーズ(原作:光瀬龍、竹宮惠子、制作:東映動画)
- 第6回(1983年) - タイムスリップ10000年プライム・ローズ(原作:手塚治虫、制作:手塚プロダクション)
- 第7回(1984年) - 大自然の魔獣バギ(同上)
- 第8回(1985年) - 悪魔島のプリンス三つ目がとおる(同上)
- 第9回(1986年) - 銀河探査2100年 ボーダープラネット(同上)
- 第12回(1989年) - 手塚治虫物語 ぼくは孫悟空(同上)
- 第13回(1990年) - それいけ!アンパンマン みなみの海をすくえ!(原作:やなせたかし、制作:東京ムービー)
- RNCでは、ローカル企画「岡山・香川チャリティー朝市」を放送したため、『24時間テレビ』の枠内で放送できず、後日週末に1本の番組として代替放送された。
高校生ダンス甲子園
第29回(2006年)以降日曜の午後に実施されている。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の人気企画の復活版。予選を勝ち抜いた数チームがダンスに挑み、視聴者による電話投票で優勝チームが決まる。『元気が出るテレビ!!』の演出担当だったテリー伊藤が番組を進行する。
チャリティー大喜利
「笑点#24時間テレビチャリティー大喜利」も参照
第11回(1988年)から放送されている『笑点』の生放送スペシャル版。過去には御茶ノ水スクエア(旧:JCB本社)やメイン会場の武道館、銀座・日産ギャラリー前広場などで行われていたが、現在は汐留・日本テレビからの公開生放送となっている。その年のパーソナリティーが演芸コーナーにゲスト出演する。また、メインパーソナリティが座布団運びをすることもある。
当初は、メンバーは最後に座布団の獲得枚数×1万円を寄付していた。しかし、メンバーが寄付を嫌がる演出をしてしまい、視聴者から抗議が殺到したため、現在は行われていない[15]。
募金中間発表
放送2日目に、その時点での募金額を総合司会の徳光が、1回目は正午すぎ、2回目は「チャリティー大喜利」終了後[16]、3回目は『サライ』間奏時に発表する。
募金額の表示は、2004年(第27回)まで募金額表示用に特設された電光掲示板(電球方式)、2005年(第28回)から2008年(第31回)まで武道館に設置されている電光掲示板(LED方式)、2009年(第32回)はステージ中央の大画面モニター(第1回目の中間発表では、パーソナリティー席のモニター)で行う。2009年(第32回)は募金額表示の画面がフルカラーになった。なお、1991年のみマジックで書かれた紙で募金金額を発表したことがあった。
ローカル編成枠
日本の長時間編成番組の中では、ローカル差し替えが多い番組である(クロスネットの編成を除いても)。
- ミニゾーン
- ジャンクション後(パーソナリティーが『こちらをどうぞ』とコメント後)に独自内容(各県の募金メイン会場からの中継の場合が多い)に差し替わる。日本テレビで、番組のこの後の内容を紹介したり、お笑い芸人によるチャリティーや募金題材のコント、募金を受け付けている店舗などを紹介している間、ローカル各局で各地域の募金に関する呼びかけを行っている。それが終わると東京のメイン会場に画面が切り替わって、メインパーソナリティーにより「皆様のご協力、よろしくお願いします」という挨拶が行われる。また、一部地域では全国版のエンディングの途中でも「ローカルパートのエンディング」として、最後の挨拶やローカルパートのスタッフロールが流れる場合がある。
- 長時間編成可能ゾーン
- 日曜日にはローカル枠が設置されている。朝は8:39頃 - 9:39頃、昼は『NNNストレイトニュース)後の11:17 - 12:27、夕方は『NNNニュース』(『真相報道バンキシャ!』内のニュースの代替)後の16:59頃 - 17:29頃に編成される。この3チャンスを日本テレビが“ローカル差し替え推奨枠”としている。読売テレビや中京テレビなど、これ以外の時間帯でも長時間独自内容が放送される局もあれば、反対にこれらの時間帯も差し替えを実施せず、日本テレビからの内容をそのまま放送する局もある。
以前、昼間の差し替え枠は固定されていたが、ニュースの時間が流動的だったため、コーナーの真っ只中で打ち切る事が多かった。近年は、ニュースの時間を必ず前座に置くようになったため、現在は改善されている。
ローカル枠の中では、朝の1時間枠を差し替えて放送している局は少ない。また、クロスネット局では他の系列との兼ね合いから、どうしても乗り換えざるを得ない場合、途中で切れることもある。24時間テレビのクロスネット各局と各局別の編成も参照。
フィナーレ
番組終盤には谷村新司と加山雄三がメイン会場を訪れ、20:40頃から「サライ」の大合唱が始まる。合唱は東京のメイン会場だけではなく、日産グローバル本社ギャラリーや各放送局の主催募金会場、各企画の中継先でも行われる。合唱中は番組のハイライトと各会場の合唱の様子が次々と切り替わって映る(ただし、チャリティーマラソンランナーが未到着の場合はそちらの様子が優先され、合唱の様子はワイプによる小画面での放送となる)。ステージ上の愛の小鳩事業団手話コーラス部による手話コーラスの様子が映るのも恒例となっている。楽曲の間奏中には20時現在の募金額を徳光が報告する。その後、スタッフロールが縦に流れ、メイン会場の外観やメインステージの遠景をバックに、各回のテーマに則したメッセージがクレジットされ、番組終了となる。また番組終了直後には協賛企業である日産自動車のCMが入る(一部地域では差し替えあり)。
番組使用曲
『24時間テレビ』では、チャリティーソングまたはテーマソングとして、番組オリジナルの楽曲やパーソナリティーを務める歌手の曲が、放送時間内に幾度も流れ、募金活動の促進にも一役買っている。
第1回(1978年)は番組全ての音楽を大野雄二が担当し、以降第14回(1991年)まで大野の曲が多く使用された。その後は、大野が作曲した曲は第15回(1992年)の大幅な番組リニューアルと同時にほとんどが放送されなくなり(同時に大野自身も番組から離脱)、地方ネット局の番組コマーシャルや募金告知のスポットなどに使用される程度となっている。
近年使用されている主な楽曲
- 第15回(1992年)に誕生したテーマソングである。作詞を谷村新司(多くの視聴者から寄せられたフレーズを総まとめしたので「代表作詞」とついている)、作曲を加山雄三(弾厚作名義)が担当した。エンディングにこの曲を全出演者で大合唱するのが定番となっている。
- チャリティーマラソンのゴール直前のタイミングで歌われるため、「サライ」に次ぐラスト2扱いとなる。
- 第24回(2001年)・第25回(2002年)のパーソナリティー・モーニング娘。の曲。第26回(2003年)以降も、モーニング娘。は毎年会場に来て募金を寄付、原則全国ネット枠でこの曲を歌うことが恒例となった。[17][18]
かつて使用されていた主な楽曲
- LOVE SAVES THE EARTH:第1回(1978年) - 第14回(1991年)[19]
- 愛はマジック:第1回(1978年) - 第14回(1991年)[19]
- この星をあなたに:第1回(1978年) - 第14回(1991年)[19]
- 2001年・愛の詩(うた):第1回(1978年)・第2回(1979年)・第14回(1991年)
- 宇宙の曳航: 第1回(1978年)・第2回(1979年)
- TRY TO WAKE UP TO A MORNING:第2回(1979年)
- イマジネーション:第3回(1980年)
- エバー・グリーン・ラブ〜人間(ひと)という名の大きな樹(き):第5回(1982年) - 第14回(1991年)[19]
- 日本語訳WE ARE THE WORLD:第8回(1985年)・第10回(1987年)
- STREAM OF LOVE〜ひとしずくの愛:第9回(1986年)
- Nile in Blue:第10回(1987年)、同年のパーソナリティー・菊池桃子の曲
- Mail of Love:第11回(1988年)、オープニングにゲスト出演した来生たかおの歌(番組のために書き下ろした未発表曲)
- 思いのままに:第12回(1989年)・第13回(1990年)、同年のパーソナリティー・南野陽子の曲
- ボクから君へ:第13回(1990年)
- Hero:第27回(2004年)、同年のパーソナリティー・嵐の曲
- 世界に一つだけの花:第28回(2005年)、同年のパーソナリティー、草彅剛と香取慎吾の所属するSMAPの曲
- エンディングでSMAPのメインボーカルにより、同曲が全出演者で盛大に大合唱された。締めの曲が『サライ』以外になるのは同曲導入後初めてであった。なお、放送直後に同曲のシングルがオリコンチャート100位内に返り咲く現象があった。香取が総合司会を務めた2007年のフジテレビ系『FNS27時間テレビ』のエンディングも同曲の大合唱となった。
- 絆:第29回(2006年)、同年のパーソナリティー・KAT-TUNの亀梨和也のソロ曲
- 勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜
- 2007年の放送30回記念で発表されたテーマソングである。『サライ』と同じく谷村・加山とのコラボレーションによる楽曲であり、替え歌がコンセプトである。しかし、同年度の放送段階では『サライ』が引き続きエンディングに使われている(『勇気のカタチ』は番組内の随所で歌唱)。また、2008年以降このテーマソングは歌われることなく『サライ』のみ歌われている。
- SAMURAI:第30回(2007年)、同年のパーソナリティー・タッキー&翼の曲
- 感謝カンゲキ雨嵐:第31回(2008年)、同年のパーソナリティー・嵐の曲
- 希望〜Yell〜:第32回(2009年)、同年のパーソナリティー・NEWSの曲
その他
コラボレーション
読売新聞の呼び掛けにより、『FNSの日』にお台場のフジテレビの前でチャリティーをして協費をした。他の所でもチャリティーを行って寄付をした。また2005年には、SMAPの香取慎吾がメインパーソナリティーだったため、同時間(土曜23時)の香取が司会を務めるテレビ朝日系列の生番組『SmaSTATION-4』との同時中継も敢行。テレビ朝日本社の受付にも募金箱が設置され、チャリティーを行った。
番組ボランティア
番組放送当日に募金の受付、車椅子利用者の介助などを担当するボランティアを例年、公式サイトなどで募集している。応募資格は満16 - 29歳の学生又は社会人で男女は問わない(第32回〈2009年〉、日本テレビの場合)。但し、年や系列局によっては応募資格が若干異なる場合があり、一般募集自体を行わない(局が指定した福祉関係学科のある高校・大学での内部募集のみなど)系列局もあるので、事前に当該地域の系列局に問い合わせる必要がある。
ヤングチャリティーボランティア
番組放送日を含む前1週間(月曜 - 放送当日)に、チャリTシャツを着用して募金呼び掛けを行う。日当はなく、食費補助として1日数百円が支給される。着用したTシャツはもらう事ができ、7日間参加するものには2枚支給される。系列局から8月上旬頃に募集される。
24時間テレビチャリティーリポート
日本テレビ系列局で放送される5分間のミニ番組。1978年9月9日放送開始。集められた募金の使用経過の報告(7月末から9月初旬は番組の内容予告や開催当日のミニリポート)を行っている。放送時間は各放送局により異なり、また未放送の地域もある。日本テレビでは、日本時間で毎週日曜日午前5時台に放送される(かつては午前9時24分から放送)。なお日本テレビの番組表やEPGでは「24時間テレビレポート」と表記され、「チャリティー」が表記されていない。
応援メッセージでの悪戯
24時間テレビでは、番組公式ウェブサイト上の掲示板でマラソンランナーなどへの応援メッセージが投稿できるが、その中にイタズラや悪ふざけと思われる書き込みが行われる事がある。イタズラ、番組に対する批判、誹謗中傷等の書き込みについては、番組制作サイドが検閲し、その都度削除しているが、こうした悪ふざけのコメントが削除に対応できず、掲示板に掲載されてしまう事がある。
アニメやマンガ、ゲームのキャラクターや有名人を名前にしたり、そのキャラクターになりきってメッセージを書き込んだり(このような分野に詳しい人間でないと、普通の書き込みと見えてしまう)、一見普通の文章であるが、縦や斜めに読むといたずらとわかる等手口も巧妙化している。なお、同様の問題は同じ長時間番組であるFNSの日や、新潟県中越地震におけるNHKの安否確認等でも発生しており、2ちゃんねらー(特にVIPPER)による悪ふざけとして問題視されている。
第32回(2009年)からは、ケータイチャリティー参加者のみ応援メッセージが投稿できるようになった。しかし、いくつかの系列局のウェブサイトでは、チャリティーをしなくても投稿が可能なものもあり、結果ほとんどがいたずらによるものとなってしまった。
メイン会場での観覧
以前は、日本武道館への来場や観覧は自由であったが、警備上の問題に加え、出演するタレントを目当てとした観客が長時間に渡って会場に留まり続けるなどの問題が指摘され、第20回(1997年)から、1人1通に限定したはがきでの事前申し込みによる抽選・時間入替入場制に改められている。
当選者には案内状が送付され、入場時に身分証明書の提示を求めるなどの本人確認手続きが取られる他、会場内での撮影や録画などは一切認められない。
メイン会場での募金は、これまでと変わらず自由来場となっているが、募金後はすぐに退出する事となっており、客席への入場は一切認められていない。また会場の使用認可時間の関係もあり、夜9時頃から翌朝7時30分頃までの間はメイン会場からの中継が行われないため、夜間の入場は不可能となっている。
福祉車両
番組開始時は、日産自動車が提供するワンボックスカー(CARAVAN/HOMY)を改装した特装車(巡回式入浴車やリフト付きバスなど)が中心となっていた。現在ではそれらに加えて、日産・キューブやCLIPPER(三菱自動車工業の日産へのOEM車である)などをベースとした小型車両を導入するなど、導入希望者側の事情を考慮した幅広い車種が寄付される。
車体の塗装は、かつては屋根と下周りが青、中が白のツートンカラーに赤いラインを引いた車体に、車体前後と両サイドに番組のシンボルマークと番組名(それと共に使用者の団体名が記入される)を記した物が長らく使用されてきた。第26回(2003年)以後は、白ベースに車体両サイドに羽ばたく青い鳥「ハッピーバード」をデザイン化したイラストに、番組シンボルマークを前面のみに配したカラーリングに改められている。
この他にも、スズキ・エブリイやトヨタ・ハイエースなど、協賛である日産自動車以外のメーカーの車種も福祉車両として、2009年現在使用されている。この他、電動車椅子等の寄付も実施している(番組では車椅子も福祉車輌としてカテゴライズしている)。
番組に対する批判
チャリティー番組でありながら、番組スポンサーからの広告費を受け取っていることや[20]、一部出演者に謝礼金が支払われている事についての批判がある[21]。この件について、日本テレビは放送倫理・番組向上機構を通して「基本的にはボランティアで、拘束時間が長い人など一部の人のみ謝礼として通常の数割程度の額を渡すが本人から辞退される事もある」としている[21]。これに関連して、フジテレビが放送した『ラスタとんねるず’94』の人形劇コントにおいて、電光掲示板に表示された募金額が減額される様子を映像で流し「24時間テレビでは募金から出演者のギャラを捻出している」かのような趣旨のパロディを放送したところ、フジテレビに対して「募金は全て寄付をし、ギャラは番組制作費から支払っている」と抗議をした。
海外のチャリティー番組ではノーギャラの場合が多い(事実、番組の手本となった『W:Jerry Lewis MDA Telethon』は司会者を含め、大物アーティストや俳優等のゲスト出演者も全員出演料は支払われず、ボランティアとして出演している。それに追従する形でスタートしたフランスのチャリティー番組『W:Telethon』も同様である。また、アメリカ合衆国では「チャリティー」と位置付けた催しで参加者に報酬が支払われる行為は詐欺罪となる)。第14回(1991年)でメインパーソナリティーを務めた米国カリフォルニア州ロサンゼルス育ちの西田ひかるは「まさか出演料が出るとは思わなかった」と述べている[22]。ビートたけしは『オールナイトニッポン』で「ヨダレ垂らした芸能人どもがめちゃくちゃ高いギャラ稼ぐくせに、これ以上貧乏人から金巻きあげんな。チャリティーっていうくらいならお前ら全員ノーギャラで出ろよ!」と発言し、偽善番組とも述べている[22]。明石家さんまは、番組から出演依頼が来た際、ノーギャラ出演の意向を制作者に拒否され、出演辞退となった経緯がある[23]。
またカンボジアでは、本番組の募金で作られた井戸の一部に、WHO基準で30倍のヒ素が検出され、その井戸水を飲んだ住民にヒ素中毒の症状が発症した事がNHKの報道で明らかになった[24]。
主なスタッフ
第30回(2007年)
- 制作進行:川上トリオ、小松正樹、野本亜希子、松田敦子、松原由希香 / 東原祐子、斉藤寿
- 監修:五味一男
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、大野聰介、小野隆史、横山剛輔、池谷賢志
- プロデューサー:糸井聖一、東山将之、藤井淳、南波昌人、川邊昭宏、田中宏史、松本京子
- 演出:福士睦
- S1サブ演出:三觜雅人、納富隆治、古立善之
- 制作:城朋子、丸山公夫、小杉善信
- 日本武道館演出:原司
- 総合演出:高橋利之
- チーフプロデューサー:松岡至
- 制作指揮:渡辺弘
- 製作著作:日本テレビ
第31回(2008年)
- 制作進行:小松正樹、野本亜希子、松田瑠美 / 東原祐子、斉藤寿
- 監修:五味一男
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、大野聰介、小野隆史、八重沢亮、吉田尚代、廣瀬由紀子
- プロデューサー:上田識喜、納富隆治、金田有浩、伊東修、松本浩明
- S1サブ演出:高橋利之、古立善之、原司
- 制作:城朋子、安齋健一郎、小杉善信
- 日本武道館演出:江成真二
- 演出:瓜生健
- 総合演出:三觜雅人
- 総合プロデューサー:藤井淳、森實陽三 / 梅原幹
- 制作指揮:渡辺弘
- 製作著作:日本テレビ
第32回(2009年)
- 制作進行:小松正樹、野本亜希子 / 東原祐子、斉藤寿
- 監修:五味一男
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、大野聰介、藤森和彦、西川宏一
- 東京ビッグサイトディレクター:鈴木淳一、福田逸平太、久木野大、橋本和明
- プロデューサー:伊藤修、安彦真利江 / 遠藤正累
- S1サブ演出:髙橋利之、納富隆治、三觜雅人、川邉昭宏、原司
- 制作:城朋子、安齋健一郎、小松伸生、菅賢治、吉川圭三
- 総合プロデューサー:田中宏史、松本京子
- 東京ビッグサイト演出:江成真二
- 総合演出:古立善之
- チーフプロデューサー:松岡至
- 制作指揮:桜田和之
- 製作著作:日本テレビ
関連項目
- 日本テレビネットワーク協議会
- 日本の長時間特別番組一覧
- 24時間テレビのクロスネット各局と各局別の編成
- 日産自動車 - 番組協賛会社の一つで、番組内のCMも24時間テレビバージョンが放送される。福祉車両も日産製の車両が使われる。なお、系列局によってはライバル企業(トヨタ[25]・ダイハツ・マツダなど)の地元ディーラーが協賛・福祉車両提供をしているケースもある。
- イオングループ - 従来のイトーヨーカドーに代わって協賛。
- ジェーシービー
- KDDI - 第31回(2008年)より協賛。
- 東洋水産 - 第32回(2009年)より協賛。
- 住友生命
- 読売新聞
- 長寿番組
- ラジオ・チャリティー・ミュージックソン(ニッポン放送と一部のNRN系列局で放送される24時間のチャリティー番組。青森放送ではこちらも放送)
関連番組
- チャリティーマラソンドキュメンタリー番組 - 24時間テレビ翌日の月曜21時台・22時台に放送。
- スーパーテレビ情報最前線
- アンテナ22
- 夏ドキュ!
- 2008年以降は特別番組として放送。
- 行列のできる法律相談所 - 本番組の直後に放送される番組(2002年以降、2009年を除く)。第28回(2005年)と第30回(2007年)は『NNNニューススポット』に続き、事実上連続で武道館より生放送された[26]。
- スーパーJOCKEY - 同番組の名物コーナー「熱湯コマーシャル」の復活企画が2005年以降実施されている。
- 天才・たけしの元気が出るテレビ!! - 同番組内のコーナー「高校生ダンス甲子園」の復活企画が、2006年から放送されている。
- FNSの日 - FNS系列27局・本番組を放送しているクロスネット局のUMK及びFNS単独局のOTVで放送。同じくクロスネット局のTOSでも2002年 - 2006年の期間放送されていた。
- 26時間ちょっとテレビ
- Touch! eco 2008 明日のために…55の挑戦?スペシャル
- めちゃ2イケてるッ! - フジテレビ系列、毎週土曜日夜19:57 - 20:54。2006年から本番組のパロディ企画「24時間対抗テレビ」を放送。UMKでは本家である本番組内での放送となる。
- ゲームセンターCX - フジテレビTWO・NEXTの番組。パロディとして本番組の裏に2009年8月29日23時から「24時間テレビ 有野課長が○○を救う!?」を放送した。
- 今夜も生でさだまさし - NHKで2009年8月30日0:00 - 1:35に「〜夏の終わりに水戸で芸術?〜」を放送したが、副題が『1.5時間テレビ「ハガキは水戸を救う?」』だった。また、中継地の水戸芸術館は、24時間テレビの水戸での募金基地となっていたため、ボランティアほぼ全員がNHKに映った。
- 爆笑問題のバク天! - TBS系列、かつての裏番組。2004年にパロディ「24分間テレビ」を放送。
- お台場明石城 - フジテレビ系列、CSチャンネル「フジテレビ739」で2005年に裏番組としてパロディ「明石家さんまの5時間くらいテレビ『生きとる』」を放送。
- 24時間テレビ エロは地球を救う - CSアダルトチャンネル「パラダイステレビ」でほぼ裏番組で放送されているパロディの募金番組。目的はエイズ撲滅。本番組とは特に関係はない。
- 上田ちゃんネル - テレ朝チャンネルの番組。2008年11月29日から30日にかけて「24時間くらいTV!!」と題したパロディ番組を放送した。テーマは「24時間ぐらいテレビを救え!」。
- 青森県民駅伝競走大会 - チャリティーマラソンで使用する移動中継車を、翌週(9月第1日曜日)に1号車として青森放送が借用している。中継の直前番組では、中継車を紹介する時に必ずチャリティーマラソンの事についても触れている)
脚注・出典
外部リンク
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| 関連項目 | 24時間テレビ 「愛は地球を救う」 |
| 1NNS非フルネット(非マストバイ)局 2NNS非フルネット局、ANNとのクロスネット局(報道部門のみの参加。一部(番組販売としての)一般番組の放送がある) 3NNS非フルネット局、FNN・FNSとのクロスネット局 4FNN・FNS・ANNとのクロスネット局で、NNSには非加盟。ANNには報道部門のみ参加。一部(番組販売としての)一般番組の放送がある。 5加盟局が運営・出資する衛星放送(CSチャンネル)。2010年現在では日本テレビのみが運営・出資している。 6加盟当時の社名はSKT静岡県民放送 7CTV開局後はNNSのみダブルクロス 8母体新聞社及び加盟局と友好関係のある新聞社 | |
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