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詳しい解説

ふかうら かなこ
深浦 加奈子
生年月日1960年4月4日
没年月日2008年8月25日(満48歳没)
出生地東京都
国籍日本の旗 日本
民族日本人
血液型A型
職業女優
ジャンル映画テレビドラマ
活動期間- 2008年

深浦 加奈子(ふかうら かなこ、Template:Safesubst:4月4日 - Template:Safesubst:8月25日)は、東京都出身の女優。様々な役柄をこなし、名脇役と評された。

目次

略歴

公務員の家庭に生まれる。小学校から成績優秀で、「将来は公務員になってくれればいい」と母親は考えていた。[1] 東京都立日比谷高等学校を経て、明治大学文学部演劇学科卒業(文学士)。大学在籍中に第三エロチカ旗揚げに参加する[2]。以降は看板女優として全公演に出演して活躍するが、Template:Safesubst:に退団する。

無名時代の頃から久本雅美とは旧知の仲であったという。互いにまだ売れずに違う劇団所属のライバル同士ではあったが、当時から「深浦」「久本」と呼び合っていて仲が良かったと深浦が『メレンゲの気持ち』のゲスト出演時に久本が自ら語っていた。また、ドラマで共演した沢口靖子松嶋菜々子とも、公私共に非常に仲が良かった。

その後も舞台を中心に活動するが、テレビドラマ『家なき子』や『スウィート・ホーム』での演技で世間に広く認められるようになった。特に小姑役やお局役で鋭いバイプレーヤーぶりを発揮するため、その手の役はハマリ役であると評された。

東京パノラママンボボーイズのライブ、CDではリリィ深浦、六本木ネネの名で、パンチのある昭和歌謡を披露。

プロレスラーのザ・ロックの熱狂的なファンであり、来日の時サインを求めたこともあった。

2008年8月25日22時(午後10時)57分、S状結腸癌のため死去した[3]。48歳没。2003年頃から闘病しながら仕事を続けており、「恋人は仕事」と仕事に専念し独身を貫いていた。9月2日、近親者と親しい関係者のみで告別式がとりおこなわれ、9月24日、お別れの会が開かれ、小泉今日子が弔辞を読んだ。闘病のプロセスは、実父・深浦栄助が著した『加奈子。何をしてやれたかな… - 女優・深浦加奈子の父が綴った、大腸ガン闘病記』(主婦と生活社)にまとめられた。

最後の仕事は、フジテレビ系列であるテレビ新広島の報道特別番組『描けなかった2枚の絵 原爆が投下された日の記憶』(平成21年度日本民間放送連盟賞・中四国地区審査会・報道番組部門優秀賞受賞)のナレーションだった。体調が思わしくないにもかかわらず、「このテーマは絶対やりたい」と姉に付き添われて、広島まで出向いた[4]。深浦は母親に「この仕事が最後になると思う」という覚悟を明かしていた。[5]

遺作は、映画では『ぼくのおばあちゃん』、芝居では、ルーツである小劇場の演劇舞台『新しい橋』(2008年2月・下北沢駅前劇場)だった[4]

非戦を選ぶ演劇人の会主催のピースリーディングにも2007年から参加し、亡くなった2008年8月25日8月26日に開催されたピースリーディングvol.11にも出演する予定だった。2009年のピースリーディング vol.12 「遠くの戦争〜日本のお母さんへ〜」では、チラシの絵として深浦が生前描いた絵画が使用された。

おもな出演作

テレビドラマ

NHK

日本テレビ

TBS

フジテレビ

テレビ朝日

テレビ東京

バラエティー番組

映画

舞台

  • 爆弾横丁の人々 [第三エロチカ]
  • ニッポンウォーズ [第三エロチカ:下北沢・ザスズナリ]
  • ジェノサイド [第三エロチカ:赤坂国際芸術家センター]
  • 新宿八犬伝 [第三エロチカ:新宿ABC]
  • 近代能楽集 [第三エロチカ:スペースゼロ]
  • ヒネミ
  • ホロー荘の殺人
  • ステッピング・アウト
  • セヴン・ストーリーズ
  • 美しきものの伝説
  • 乞食と貴婦人
  • 新しい橋

CM

脚注

  1. ^ とくダネ!「温故知人」2008年10月7日OA
  2. ^ 読売家庭版・ヨミー 声に出して読む コラム「編集手帳」2006年10月
  3. ^ 深浦加奈子さん死去…48歳、結腸がん - デイリースポーツonline 2008年8月27日より
  4. ^ a b 名脇役の48歳深浦加奈子さん、がんで死去 - SANSPO.COM 2008年8月27日、およびAERA 2008年9月8日号「女優 深浦加奈子さん襲った『S状結腸がん』の恐怖」より
  5. ^報道ステーション』「さよなら 2008年7月〜~9月編」(2008年12月19日放送、テレビ朝日)

深浦加奈子

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